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戦争と性−進駐軍慰安婦より

576中田 </b><font color=#800000>(riQdTYdc)</font><b>:2004/05/15(土) 14:54
慰安所が多数設置されるのは、1937年以降です。上海派遣軍参謀長
の飯沼守陸軍少将は日記に「慰安施設の件、<中支那>方面軍より書類来
り実施を取計ふ」とあり、上海派遣軍参謀副長の上村利道大佐も日記に
「軍隊の非違<違法行為>愈々多きが如し……南京慰安所の開設に就て第
二課案を審議す」とあります。

中支那方面軍が慰安所設置の指示を出し、これを受けて上海派遣軍の参
謀第二課が案をつくり、南京に慰安所を設置します。1938年4月16
日の南京における陸海外三省関係者合同決定事項には、「陸海軍に専属
する酒保及慰安所は陸海軍の直接経営監督するもの」となっています。

中支那方面軍の指揮下にあった第一〇軍も、方面軍の指示を受けて慰安
所の設置に取り掛かっています。常州にも日本軍が駐屯して慰安所が設
置されました。独立攻城重砲兵第二大隊長の状況報告にも「慰安設備は
兵站の経営するもの及軍直部隊の経営するもの二ケ所ありて、定日に幹
部引率の許に概ね一隊約一時間の配当なり」とあります。しかしながら、
同大隊第二中隊の陣中日誌には、「城内外にて婦女子に暴行を加へんと
せし者あり」とか「濫りに民家に立入り婦女子を探す者あり」と記され
ています。




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