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戦争と性−進駐軍慰安婦より

512中田 </b><font color=#800000>(riQdTYdc)</font><b>:2004/04/06(火) 23:44
慰安婦の証言はもちろん重要ですが、それににたよらずとも、極東軍事裁判関係文書の中からモア島で5人の現地女性を兵営改造の慰安所に強制連行した中尉の尋問記録(検察文書5591号)が見つけられているなど、確実な軍の強制連行の例は他にもあります。中国での裁判でも 117師団長鈴木啓久中将が慰安婦の誘拐を行ったという 筆供述書を提出しています。

http://www010.upp.so-net.ne.jp/kodomo/ian/

その好例が極東軍事裁判資料です。この資料からインドネシアのモア島で日本軍指揮官の陸軍中尉が、現地女性をむりやり「慰安婦」にした証言が飛び出しました。

http://www.tosp.co.jp/i.asp?I=juugunn&amp;P=4

1941年、鈴木は少将になり華北の第27師団の歩兵団長になった。巣県で准南鉄道一部の警備に当たっていた頃、鈴木は揚子江北岸の准南線沿線にある巣県に、副官に命じて慰安所を設置させ、中国人と朝鮮人の女性20名を誘拐して「慰安婦」にしたという。

「私ハ巣県二於テ慰安所ヲ設置スルコトヲ副官堀尾少佐ニ命令シテ之レヲ設置セシメ、中国人民及朝鮮人民帰女二〇名ヲ誘拐シテ慰安婦トナサシメマシタ」

 これまでにも慰安所設置は副官が担当していたといわれてきたが、鈴木の供述はそれをさらに裏づけるものである。

 1942年、鈴木は第一連隊から日本軍が通過する村落で八路軍が反撃するところがあるという報告を受けて、連隊長に徹底的に掃蕩することを命じた。そこには凄まじい粛正や略奪が記されるが、このときも鈴木は豊潤や砂河などに慰安所を設置するよう命じた。このときは中国人女性約60名を誘拐して慰安婦にしたという。

http://216.239.57.104/search?q=cache:QIDhrxEUPssJ:www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/nisino_ianhu.htm+%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%89%80%E8%A8%AD%E7%BD%AE%E3%80%80%E5%89%AF%E5%AE%98%E3%80%80%E9%88%B4%E6%9C%A8&amp;hl=ja&amp;ie=UTF-8




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