したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

戦争と性−進駐軍慰安婦より

1302中田 </b><font color=#800000>(riQdTYdc)</font><b>:2004/09/18(土) 17:22
>>1221 大神さん

> >>1213

>             売春と強姦が同じですか・・・・・。

> 呆れてものも言えません。とうとうここまで言わないといけなくなるほど
> 追い詰めてしまった。

別に追い詰められたなどと微塵も考えていません。当時の廃娼運動の
中で、遊廓=強姦を合法で行える場所であると見抜いていた意見及び
「公娼制度は人身売買と自由拘束の二大罪悪を内容とする事実上の奴
隷制度なり」と県会の決議文に上がっていた事を示したのです。

> >>1214
> >米第38任務部隊 沖縄攻撃

那覇は現在の県庁所在地であり当時の県都でした。この点だけお忘れ
なく。那覇が焼け野原になったのかどうかは、直接的に従軍慰安婦問
題と関連しませんので、これ以上議論を進めるつもりはありません。

一九四四年十月十日の那覇空襲の論点
私:焼け野原となった。
大神さん:焼け野原ではない。

>>1231
> >何が証明
>  最初から読めば分かるけど、士気が下がって軍紀に影響を及ぼすか否かという
> 話。

>>1137
> で、11月期は台湾沖航空戦、レイテ海戦
> の虚報で明るい雰囲気が残っている段階ですので士気、軍紀が低下していた
> とは考えられません。

この問題の出発点は、この>>1137です。
野里洋『汚名 第二十六代沖縄県知事 泉守紀』(講談社)に
当時の沖縄の軍紀に就いて、このように記されています。


内務省防空総本部施設局の高村資材課長は十二月初めに東京に戻ったが、友人らに「琉球における我が軍は、軍紀弛緩し、民家に入りて物をとり、婦女を凌辱したりしている。これらは支那に在った部隊だ」と沖縄視察の結果を話している。(中略)

この話を伝え聞いた近衛文麿首相の秘書官・細川護貞は十二月十五日、沖縄の実情を聞くために内務省に高村課長を訪ねた。その際、高村課長から聞いたことを細川は次のように書き残している。

「(十月十日の大空襲のとき)沖縄は全島午前七時より四時まで連続空襲せられ、如何なる僻村も皆爆撃、機銃掃射を受けたり。而して人口六十万、軍隊十五万程ありて、初めは軍に対し皆好意を懐き居りしも、空襲のときは一機飛立ちたるのみにて、他は皆民家の防空壕を占領し、為に島民は入るを得ず。また、四時に那覇立退命令出で、二十五里先の山中に避難を命ぜられたるも、家は焼け食糧はなく、実に惨憺たる有様にて、今に至るまでそのままの有様なりと。而して焼け残りたる家は軍で徴発し、島民と雑居し、物は勝手に使用し、婦女子は凌辱せらるる等、恰も占領地に在るが如き振る舞ひにて、軍紀はまつたく乱れ居れり。(以下略)」

県民の家や財産を奪い、婦女子を凌辱するなど、沖縄に配備された現地軍がいかに横暴を極めたか、住民に恐れられていたか、長参謀長の名前まで出して具体的に記している。

----------------------------------------------------------------
引用了




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板