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戦争と性−進駐軍慰安婦より
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>>中田理論について
中田さんの理論ですと保護責任や許認可の際の責任を問題としているよう
です。しかしながら、それは果たして意味のあることなのでしょうか。
吉見氏の主張、橋爪氏の主張にしてもそうですが、この保護責任と言うのも
例えば現在の日本なり、韓国なりの風俗業で考えてみましょう。
当然風俗業を営むには許可が必要です。確かにその際に本人の自発的意志
に基づくものでないといけません。しかしながら、貧しい時代なら尚更、
現代でもそうですが、既に許認可を与えられている店に対して新規の女性が
入ってくる場合、借金のカタに風呂に沈めるというのはよくある話です。
いわば、風俗とはそういう世界ですし、本人も言えない事情、知らない事情
というも存在します。ですから、誘拐で無い限りは手が出しにくいというのが
現実のところでしょう。
平和な時代ですらこうです。そうなると、結局吉見理論にしても、それに
影響を受けたと考えられる中田理論にしても、
・奴隷狩り的強制連行が示せない
・だが 「責任」 という言葉を論じたい。
そうなると、結局保護責任という形で国の責任があるとする形にもって行こう
とする。実際はこんな所でしょう。しかしながら前述の通り警察は民事介入
出来ませんし、全ての犯罪被害者に対して対処できるものではありません。
また、よしんば送り返してもお金は引率者に返す羽目になり、一家心中か、
あとで他の所に売り飛ばされるのが関の山と言ったところでしょう。
それこそ慰安所より環境劣悪な私娼窟なりに。
そうなると吉見理論はもちろん、中田理論というのも、意味の無い
ものとなるでしょう。
この慰安婦問題は、奴隷狩り的強制連行を国が指図したというのを示せない
時点で本来なら決着がついているものでしょう。国の責任という観点からは。
他のことに関しては、国の責任を問うというのは何が何でも国が悪い
という考えから発したものでしょうから、その毒気に当った中田さんも
正直可哀想ですね。
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