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三毛猫ナナの社会学解読講座
7
:
未入カ
:2003/09/30(火) 07:51
三毛猫ナナが、三毛猫ナナ以外の視点を語るには、二つの方法があるですつ。
ひとつは、あくまでも「三毛猫ナナを主体とする視点からの見方」を描写する場合。
この場合、三毛猫ナナは「主体の視点」を維持しなければならず、主体の視点を
維持する限りは、「三毛猫ナナからは見えないもの、こと」について論じることは
不可能になるですつ。相手の考えていること、相手の主張、その裏付け、相手が
置かれている状況などなど相手にしかわからないことは、主体の視点に立つ限り
は「(相手の視点に立って)確かめることができない」のですつ。
三毛猫ナナは「客体の視点」を否定していますので、三毛猫ナナが自分の主体の
視点以外について語ることは、彼の理論はこれを否定しているのですつ。
ですから、三毛猫ナナは「他人の理論を、他人の客体の視点から批判する」こと
そのものができなくなってしまいますつ。
もうひとつは、素直に客体の視点(客観視)を認めることですつ。
実は、「相手について、三毛猫ナナが語ること」が、すでに「客体の視点」を認めて
いることになるですつ。相対的に見て、「相手(の主体)の外からの説諭の全て」
は、「相手にとっては客体的視点」になるですつ。
三毛猫ナナにとっての主体的発言は、相手(相対者)も同じ主体的発言をした場
合に、相互に相手に対しての客体的発言になるですつ。
それは鏡に映したように、相手と自分に対してまったく同じ効果が起こることにな
るですつ。そのとき、三毛猫ナナが相手について論じるとき、「相手の視点」に
立った場合、それは三毛猫ナナが「相手の主体的視点を乗っ取った」ことになる
ですつ。しかし、「主体的視点」というのは、委譲することも貸すこともできないは
ずのもので、「主体的視点を、他人が論じる」という現象が起きた時点で、すでに
「相互に客体的視点を持ち合っている」ということの証明になりうるですつ。
しかし、三毛猫ナナはこれらの本来三毛猫ナナ的理論の中では禁忌に当たるこ
とを自ら犯しているですつ。そのうえで、「客体の視点」や「第三者」の存在を、
当然のように否定していますつ。
なぜそのパラドクスが成立しうるのか?
三毛猫ナナは、「主体」の設定点を、論じる内容に合わせて(自分の都合のいい
ように)変えているからですつ。
自説を語るときには、当然「三毛猫ナナ」の視点から語りますつ。
例えば未人力氏の説を語るときは、「客体から」ではなく、未人力氏の主体の視点
を乗っ取って語るですつ。彼にとってはこれも「主体」になりますつ。
さらに、総論を語る場合は、「総体」を見下ろす視点、本来はこれが「客観」と呼ばれ
るはずのものですが、これすら「総体にとっての主体的視点」と見なし、さらにその
視点を乗っ取っているのですつ。
三毛猫ナナが語る全ては、三毛猫ナナ「個人」の主体の視点であると同時に、
三毛猫ナナ以外の主体(本来は客体)の視点までもを「自分の主体の視点」で
あるかのように論じてしまっていることによって、「客体の否定」と「広げすぎた主体」
を自分のものにし、あのわかりにくいワールドが構成されていると見なすことができ
ますつ。
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