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2ちゃんの方々へ

10OKE:2003/08/30(土) 02:48
どっちかというと談話室に多く書き込んでる私(しかも2chへのカキコ件数はイカフライさんの方が多いよね?)
が「2ちゃんの方々」に該当するのかどうかわかりませんが、

反戦活動は何のためだろう、平和を希求するのは何でだろう。
大事なのは出来る限り幸福な人を増やすことと、不幸な人をへらすことではないか。
と考えております。
反戦活動にしろ、平和を希求する活動にしろ、それはあくまで幸福の追求のための手段
であって、それが目的となるのは間違いではないのか、と思うわけです。
で、多くの反戦平和活動者はそういう考えなのだろうか?と疑問になりまして。
そのへんでいろいろ疑問を出したり質問をしてるわけです。

あと、闇雲に反戦平和の活動をすることがそのまま反戦や平和につながるのかという疑問。
下手なことをすればいたずらに平和を脅かすことになることもあるんですが、
そういった危機感、常に省みる態度というのが反戦平和の人にあるのだろうか、
ひょっとしたら独善に陥ってる人がいるのではないか、という思いがあります。

例えばベトナム反戦の話がでていますが、私はあれがただアメリカだけが悪い戦争とは認識していません。
少なくとも反共を願い、北ベトナムの政治体制に危機感を抱いていた人々が
南ベトナムに多数いたからこそのアメリカの介入ですし、
戦後、共産化したベトナムから祖国をすてて脱出したベトナム難民が大量に発生していて、
見方を変えればベトナム反戦運動てのはそういった人の幸福をふみにじる行為であるとも言えるわけです。
さらに言えばベトナム後、ベトナム反戦の影響で共産勢力が勢いを増した地域(ラオス・カンボジア等)で、
やはり粛清や虐殺が相次いでいるわけで(んでやっぱり大量に難民が発生している)、
反戦運動が流れ流れて数多くの人々の不幸に荷担している、といった状況もあるんですよね。

そういった危機をはらむ反戦運動を、「人としてあたりまえの感覚」と無自覚に肯定する態度に、
私はかなりの危機感を覚えてしまうのです。
「独善」という思考停止がそこに見えてしまい、どうしても批判的な見方をしてしまいます。

むろん、反戦運動をすべて否定しているわけではありません。
ただし、その効率や活動の結果もたらされる成果といったものに対しての考察を欠いた活動は
危険ではないのかという立場からの意見を述べているのです。


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