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うろちいからのお知らせ
183
:
ヤスツ</b><font color=#FF0000>(CnaUXqoo)</font><b>
:2003/09/07(日) 22:28
>>181
私は、構造的暴力=貧困と無秩序の解消にもっとも積極的なのは、既存の宗教であると考えています。
しかし、それらの解決を目指している既存の宗教同士ですら、「民族」という概念を伴って対立しています。
これらを、さらに上位の【宗教】的手法によって解消するとする「積極的平和」は、既存の宗教以上に「信徒に対する強制力と信徒からの譲歩と協力と同意」が得られなければ実現は困難でしょう。
であるならば、
「貧困と無秩序の解消は、個々の宗教もしくは国家の枠組み内の責任でこれを行うべき」
「それらの解消に当たって、自国政府/自宗教以外の行為に干渉すべきではない(主権国家同士における主権の相互尊重と同じことを言っています)」
「主権国家同士が戦争を行わないように努める状態=消極的平和」が、「戦争のない状態」を作る。
「戦争のない状態」があって初めて、それぞれの国家/宗教は自国/自宗教の枠組み内で「貧困と無秩序の解消」に取り組むゆとりを得ることができる(いつ他国に攻撃されるかわからない状態では、それらの貧困や無秩序の解消は後回しにされざるを得ない)。
故に、「主権国家同士が、他国の攻撃を受けない=消極的平和」が成立することが、「主権国家/宗教が、自国内の貧困と無秩序の解消に専念できる環境を作る」ことになります。構造的暴力(=貧困と無秩序)を解決することによって「戦争」以外の構造的暴力が解消されるのは、消極的平和が保証された後の話です。
平和学が「消極的平和(戦争が終わった)だけでは足りない」「戦後の無秩序や戦争に起因する貧困が全て解決され、人々が幸福になってこそ真の平和(=積極的平和)だ」と考えていることは、意見としては評価しています。
ですが、これは二次大戦の終結を受けて持ち上がった概念なのではないのですか?(世界大戦が終われば、誰だって戦争がない状態に安堵します。そして、それだけでは戦争のキズが癒えないから、貧困と無秩序に目がいくということも理解できます)
結局「世界大戦は終わったが、戦争そのものはなくなっていない」というのが2003年現在の【現状】です。
これは、平和学が積極的平和を考える「ゆとり」もしくは「根拠」となっている、「戦後=消極的平和」すらも実現されていないことの証明であり、積極的平和を一足飛びに考えるのは「地に足が付いていない」と言わざるを得ない。
平和学の権威の方々の主張を紐解いた結果として、私が得た感想は以上です。
よって、「積極的平和(=構造的暴力=貧困と無秩序の解消)は、消極的平和が達成されているという前提がなければ、取り組めない」と断言することができます。
これについて、猫氏は、私【ヤ・ス・ツ】の視点から猫氏ご自身の説を点検してみてください。
私も猫氏の視点から自説を点検してみますから。
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