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「愛国心」について

37○○番長:2003/07/06(日) 20:59
毎度おおきに。

>>34 しろやん

>今気づいたのですが、ここで語られている愛国心に2種類あります。
>1)自国を愛するあまり、他国を平気で犠牲にする。
>2)自国を愛するからこそ、他国を尊重できる。

うーん、どうやろね?1)みたいな愛国心は語られてないと思うで。そう受け取る人がいるかどうかは別にして。愛国心と行動ってどれほどの因果関係があるんかね?戦場では勿論殺人行為が行われる訳やけども、その時個々の兵士が抱く感情って、とにかく目の前の敵を倒し、障害を排除するとゆうもの以外にはないと推測する。愛国心からとか残忍な人格の発露やのとゆうたって、それはどこまでも他者の視線やからね。
自国を自分に、他国を他人に置き換えれば、本質的に人間のあり方ってその通りなんかも知れんけど。そのエゴイスティックな感情を抑制しうる心のタガの由来を尋ねれば、結局共同体の安寧秩序維持以外に合理的な根拠を見出すのは難しい。そうゆう言わば必需品が昇華して絶対的な価値に変わる人間の心のあり様ってのに興味があり、僕は宗教に多大な関心があるのよ。
2)のような愛国心を持つに至るのは、ごく限られた人間だけやないのか?とゆう疑念がある。あまりにもキレイ過ぎるんや。自分のことを振り返ってみてそう思う。やっぱり自分が一番大事やし、同じぐらい大事な人間がおるとしたら、家族や親しい友人くらいのもんか。他人と自分ではやはり温度差がある。
でもそうゆうエゴ剥き出しの自分に、他人を大事に思えない自分に気づいたとき、愕然とする人間もおるやろ。そうゆうとき他人をふと見れば、やはり自分と同じやと気付く。その意味で人間は平等なんやな。エゴ剥き出しとゆう点で、人間ってみな同じやないかと。斯様な転回があって初めて『自分を愛するからこそ、他人を尊重できる。』って境地に達するんやと思う。国家でも個人でも同じやわ。
易々と『自分を愛するからこそ、他人を尊重できる。』と口にする手合いちゅうのは、自分のエゴが見えない分だけ、他人の悪意に鈍感なのに過ぎない。これも国家に当てはめられるわな。


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