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反・反戦派の方々へ
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社会学については、「これ、という定型はない」とも聞きましたが。
極論すると、社会学者の数だけ「社会学」というものがあり、時代の趨勢やブーム(笑)で「社会学の本流」と言われるものも変わる、と。
猫氏の社会学については、「20年くらい前の流行」ということですが、中葉さんの捉えた社会学というのは、いつ頃の流行のものでしょうか?
>>610の橋爪大三郎氏の引用の末尾にある( )は、中葉さんの解釈でしょうか?
ちなみに、文物芸術の流行や衰退も社会学の範疇に入るわけですが、それらにしても「社会という対象を観察することで、その法則性を見出そうとする(私が「写生」と言ったのはそのあたりを指してですが)のが社会学」かな、と。
例えば、18世紀の歴史や政治を見て、そこから法則性を導き出すことはできるでしょう。
でも、あくまで「社会の動きから法則性を見出す」のが社会学だとすれば、社会学は「後付けで意味づけ」をする以上のことはできないのでは?
(社会学者自身が観察対象にコミットすることで、観察対象を質的に変えてしまう、というのは、社会学の研究スタイルとしてはOKなんでしょうかね?)
ただ、社会学というのは本当に「いろいろなスタイル」があるらしく、いわば「社会学者です」と言ってしまえば、人文系はなんでもやれそうな感じすらしてしまうのですが(^^;)
猫氏の主張は当人の説諭能力の低さによりなんだかよくわからないので(いつものことですが)置くとして、中葉さんの念頭に置かれている「社会学」は、究極には
「人間の行動は技術・文明上の差異があったとしても、行動の法則性を見つけ出すことによってある程度、歴史の展開を統計的に予測できる。これを踏まえて、今後起こりうるできごとを段階を踏んで予測し、備えることも可能だ」
とする、心理歴史学者ハリ=セルダンの思想と一致するようなものでしょうか?
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