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中国の反日教育
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>>732=cathoderayさんへ
先ず言えることは日本軍は諸外国の記者が賞賛するほど規律はよかったと言う
ことです。で、それは非戦闘員に対する配慮も含めてのことです。
例えば、明治日本外交文書にも載っていますがこの遼東半島の金洲城では
清国の民間人に日本語を教えたりと言った穏やかな関係があります。
で、当然その部隊は第二軍です。
では、あの命令はなんであろうかとお思われたのでしょうが、
先ず言えることは、この命令がどの程度のものかと言える事です。
この通訳官氏の話でも出てきますが、この言葉は激昂して出た言葉なので、
これがきちんと部下の連隊長に示達されたか、そして、それがまた前線の
各大隊に示達されたかということです。
ただ、この命令は他のところでは見かけませんが。兵士の手記でこういう
命令があったとか。
そして、山地より上級の大山大将は
非戦闘員のみならず敵兵士もつとめて人道的に取り扱うように命令
しています。
で、第一師団長の山地中将より第二軍司令官の大山大将の方が
上です。
また、cathoderayさんが言われるようにこれは婦女子老幼に対しての攻撃を
控えさせています。
では、盛年男性に対してはどうなのか?と思われるでしょうが、
先ず言える事は、
便衣兵の存在です。
次に、旅順では清国は効果的な増援ができなかったので必然的に兵員の確保は
現地徴兵になります。
実際に清国では皇帝の命令と言う事で、銃をもって市民も戦えと言われています。
旅順では平服の男性が普通に攻撃してくる状況
と言うことです。
つまり、これはcathoderay さんが言われるように、なるべく市民に被害を
与えずに、 味方の犠牲を減らすことの両方に配慮した形になっています。
ただ、前にも言いましたが、
実際に示達されて、尚且つ実行されたか
を考えないといけません。で、これは見かけないと言う事ですね。
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