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反日韓国・親日韓国

367イカフライ:2005/09/08(木) 00:58:05
あくまで私の実感として。
 
 戦後リベラルの正しさは、ある時期までそのまま豊かさにつながっていた。
終戦直後の日本はぼろぼろだったけど、その後はミラクルなほど急角度で豊かになった、自由と民主主義のもとでね。
これはどんな社会でも当てはまると思うんだけれど、極貧のうちは今食うことしか考えられない、でも、余裕が出来ると、もっと精神的な幸福追求が出てくる。
「個人の権利」や「自由」の具現化もそうだろう。
 60-70年代において新左翼運動ってあったよね、それらの思想や方法論は今考えると間違っていることも多いけれど、あの時代に特に若者がそういったことに走った理由は、その世代で無い自分にも解る気がする。
あの頃って、高度成長で豊かになった分、「これひどいよ」ってことも、随分と浮き彫りにされた。
別に「人権」だの「社会主義思想」だのいわなくても、これ見過ごせるのはよっほど血も涙も無い椰子だ、みたいなのがね。
で、それまでは「でも、今、食うためには仕方ない」であっても、ある程度、食えるようになったら「食えさえすれば、どんなひどくてもいいのかよ」になる。
どんなひどくてもいいのか?→いや、イクナイ。で、随分と改善されたことって多いよ。
そういう点では、サヨとののしられようが、かつての左翼人権運動には、功績があった、ただし、それだけではなく日本が豊かになって弱者を見捨てないだけの金と心の余裕が出来たことも理由に揚げておく。

 80年代においては、少なくとも国内では「ひどいこと」って随分と減ったと思う。かつてでは考えられないほど、人権が守られるようになったからこそ、こりゃひどい、が少なくともあまり目にしなくなったし、左翼運動が衰退したのも、そこにも理由があるようには思える。
けれど、そこで今までの左翼運動って言うのが、変質していったというかな、まだまだ問題点はあるのかもしれないけれど、それはかつてのような弱者、抑圧、の図式では語れなくなってきた。
にもかかわらず、相変わらずの硬直した階級闘争的大衆=弱者、の視点から抜けきれなかった。
 というより、かつては状況があって思想が生まれたはずなのに、いつのまにか思想があってそれに状況を無理やり当てはめようとした。
だからこそ、いつのまにか
「これってヒドイ」
が、実感できなくなった。

 で、これからどうするか?

 大月氏も、それについてはなんも言っていないんだよな。

 ネットで右派、保守派が台頭するのは、右傾化っていうよりは、本来正しいはずのリベラルと、現実との齟齬なんだってのは、解る。
でも、じゃあ、サヨサヨ叩いてりゃいいのか?そりゃ、いつまでたっても厨房のまま、だよね。


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