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反日韓国・親日韓国
226
:
ヤスツ
:2003/01/18(土) 17:39
「正しい歴史」というのが、けっこうくせ者かな、と思いますがいかがでしょう。
核被害についての展示はこれまでにも何度も見てきましたが、エノラゲイの搭乗員を非難する展示というのはあまりお目にかかったことがありません。
核兵器の実戦使用はヒロシマが初めてで、アメリカ側も「どんな被害(影響)が出るか予測しきれない状況下」で、ダメージテストを兼ねて行ったのではないか、という気がします(事実、戦後にアメリカから記録を取るための研究員が大挙してヒロシマ・ナガサキを訪れているわけですから、あながち穿った見方でもないと思います)
で、「正しい歴史」という言い方をした場合、その「事象を誰の側から見た正しさか」とか、「事象の結果として得られた結末を正しいとするかどうか」など、観測者の主観でずいぶん変わってきます。
絶対に「正しい唯一の歴史的視点」というのはあり得ないと思うんです。(戦争の場合、特に敗者の視点と勝者の視点というものにまっぷたつに分かれますし、勝者の視点だけが「勝てば官軍」で残るわけですから……)
そう考えると、「正しい歴史を示す」「正しいことを相手に受け入れさせる」「相手の認識を自分(=自分が正しいと認識している)に帰順させ、相手自身が持っている認識を捨てさせる」という意図で、「正しい歴史の追究し、容認を迫ること」というのは、なんか違うんでないかい? と思います。
ヒロシマ原爆展については、「ヒロシマの言い分が全て正しい」ということを受け入れさせるためにされているのではなく、「戦争を終わらせるのには原爆投下しかなかった」という唯一の視点しか持っていない米国人に、「その結果がどうなったか」という別の視点をも知って貰うために行われています。
その点、原爆の投下はデマゴーグでもなんでもない、実在の出来事であると誰もが認識した上で、どのように「意義」を考えるか、という問題です。
南京大虐殺と呼ばれる事件については、それが「実際に、主張されている規模で起きたかどうか」という前提の部分すらも不確かであるということ、また、中国側の主張は「そういう視点もある」というものではなく、「中国側の視点を全面的に受け入れさせようとする」というものである点が、原爆展のそれと異なる点だと思います。
歴史に正しい、正しくないはないと思います。
「正しい、たったひとつの視点」というものが存在しないということを知るために、さまざまな視点から見た「歴史の認識の仕方」を得ていく必要はあると思いますし、その意味で、中国・韓国・米国などの異なる主張に耳を傾けることは必要です。
が、その中から「正しいひとつ」を選んで、その他を全て捨て去る必要はないのではないでしょうか。
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