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反日韓国・親日韓国

210ヤスツ:2003/01/18(土) 03:50
>>206

たいへんご無沙汰しております。
以前にもだいぶ注意を受けていたように思いますが、意見が異なる相手の主張について異論を唱えるに当たって、いきなり「馬鹿な連中の」という言い様はどうかと思いますが。

>>207
明石書店の邦訳書はちょっと高価だったので(当時はちょっと金銭的にアレでしたので(^^;))未読ですが、小学館から出た、つくる会の著者の一人が書かれていた中韓の教科書の記述を検証する文庫(書名失念)は私も拝読しました。
ともかく「日帝、日帝、日帝、日帝……」のオンパレードで目が眩むほどでした(^^;)
これを、学校教育として習い、試験範囲として出され、徹夜で暗記する……ともなれば、試験が明けた後も卒業した後も、頭には「日帝、日帝、日帝……」って残りそうだなー、という感想を持った記憶があります。

>>206
国定教科書を国が作ったかどうか、という部分が問題視されているのではなく、「国が採用したたったひとつの歴史観以外の歴史教育が、義務教育(初等教育)では行われない」という点に、国定教科書による単一歴史教育の弊害があるのではないか?という点が問題なのではないか、と。
例えば、今、私や国家主義者さん、八百鼡さん、イカフライさん、緑装薬4さんなどは、それぞれ異なる世代、異なる地域に生まれ育ち、異なる教科書で歴史を学んできていると思います。
それぞれの教科書は歴史を説明する上で重視している箇所も異なりますし、そもそも教師の指導方針に左右される部分も少なからずあるでしょう。
そうして、「だいたい似てるけど、少しずつ違う歴史観」を身につけてきました。

そのこと(=少しずつ違う歴史観を持った自分以外がいることを認識できていること)は、「歴史上に起きた事象として同一の出来事」に対して、「異なる側面からの受け取り方がある」ということを理解する手助けにもなっているのではないかと思います。
もし、我々が(韓国や中国のように)国からもらった単一の歴史観のみを得ていたとしたら、自分たちの歴史観に完全な確信を持つことにはなったかもしれません。
が、「他国が持つ歴史認識」と、「自国の歴史認識」の間に差があることや、「自分以外は違う見方をしている場合もある」というやんわりした(彼我の差の)理解に結びつけることは難しくなるのではないでしょうか。

日本の歴史の教科書は(一応、検定はありますが)基本的には「全てが単一」ではありません。
そのことは、返って「自分と違う他人の考え」を理解するための素地を育てることに役立っているのではないか? と思います。
そこから逆説的に、単一の教科書によって単一の常識を仕込まれてしまう中国や韓国の場合、「自分と違う考えの他人」が存在するということそのものを認識できないのではないでしょうか。
だから、「自分たちが教わった教科書通りの常識と、違う見方を教えている日本の教科書は許せない」>「教科書問題」が起こるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

少々長文で申し訳在りませんm(__)m>ALL


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