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教養(リベラルアーツ)と場創り(共創)に向けて
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:
尾崎清之輔
:2007/12/05(水) 00:01:22
さて、昨日深夜の書き込みで申し上げたように、当スレッドは今日から2ヶ月目に突入したこともあり、「教養」と「場創り」について、心機一転で取り組んでみたいと思います。
実は、このスレッドを立てるにあたって、タイトルの一つに「教養(リベラル・アーツ)」という言葉を使わせて頂いたのは、藤原さんの「KZP」や「JZP」が切っ掛けであり、「KZP」においては、この書籍を購入または一読された方々からは、一見すると非常にジャーナリスティックな要素が強い内容のみに思われてしまったことや、内容自体が日本の新聞社や雑誌社が決して触れることのできないテーマについても真正面から取り上げたことで、発売後すぐベストセラー(amazonで1位獲得や八重洲ブックセンターでのベストセラー本など)になったにも関わらず、殆どの新聞や雑誌で書評に取り上げられることはございませんでしたが、この書籍が本来意味するところまで読み取ることができた諸兄におきましては、先に述べた内容以上に、実はこの書籍が「Liberal Arts」の重要性について、歴史的な背景なども踏まえて読者へ強く訴えかけていることに気が付かれたのではないかと思います。
それが、後の「JZP」という普遍性を持つ内容の書籍として成立し、英語よりフランス語が得意な藤原さんが、Scott Wilbur氏の協力を得て、(愚生のような自らの専門分野以外の英文書籍にはやや苦手な者にとっても感じられる)美しい文体に至ったと思った次第ですが、先の「JZP」の書評を多く読ませて頂いたにも関わらず、これらの書籍が持つ「教養」の重要性について言及されていた方々が殆ど見受けられなかったことについては、やはり現在日本社会においては「教養」が死語になって久しくなってしまったと改めて感じざるを得なかったことです。
そのことは、世代を超えた長い歴史の中から高い評価を与えられてきた、音楽(交響曲、協奏曲、ピアノソナタなど)に思いを馳せることで、作曲家の意図するスコアに忠実に再現することが求められつつ、実際の演奏家たちが五線紙に書かれた音符や音階、またテンポとどのように向き合っていくかについては、いかに原曲への深い理解が肝要であり、根底に眠る水脈の理解にも至ると考えておりますが、それは例えばフルトヴェングラーのベートーヴェン第九交響曲の第三章に表されているが如く、フォルテッシモとピアニッシモ違いによる素晴らしさはもちろんのこと、無音階の部分にも注視することで、永遠に観客(人々)の記憶に残り続けることにも繋がるのではないかと考えており、このことに、「自由七科」の中に「音楽」が存在している証左の一つではないかという私見を持っております。
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