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藤原肇の最新刊発売
97
:
サムライ
:2005/11/15(火) 04:59:53
ブログ[教育の原点を考える]のサムライです。永岡さんが言及していた『紙の爆弾』12・1月号で、新島学さんの書いていた「“言論の自由”は守れるのか? 鹿砦社代表・松岡利康 第一回公判記録」は、かなり読み応えがありました。その言論の自由と関連して一言述べさせてもらうとすれば、、永岡さんも仰せの通り、『小泉純一郎と日本の病理』を取り上げていない2ちゃんねるは、統一協会の息がかかっているからと当然であると言えます。そうした意味で、掲示板・阿修羅は統一協会や創価学会とは無縁のまともな掲示板と言えるでしょう。フランクリンという人のまともな『小泉純一郎と日本の病理』も投稿してありました。
http://www.asyura2.com/0510/hihyo2/msg/103.html
ところで、別のソースから教えてもらったのですが、副島隆彦氏も『小泉純一郎と日本の病理』についての書評を自身のHP「学門道場」の「今日のぼやき」という日誌に書いていました。
http://www.snsi-j.jp/boyaki/diary.cgi
「706」 会員の坂崎進君からの長文の読書遍歴、自己紹介文を載せるが、それに関連して、藤原肇氏の最近の本について、副島隆彦は、その政治思想への理解の無さを批判します。「ポピュリズム populism (民衆主義)」という重要な政治用語をこんなにいい加減に使うことはもう許しません。副島隆彦 2005.11.9
上記の副島隆彦氏の書評についての感想文は、いずれブログに投稿したいと思います。
それはともかく、私は書評とは書評の対象となる本に目を通した上で行うものとばかり思っていましたが、副島氏の場合はそうした常識を持ち合わせていないようであり、まともに『小泉純一郎と日本の病理』に目を通さずに書評を書いたことが一目瞭然の内容の書評でした。ともあれ、副島氏が『小泉純一郎と日本の病理』に一通りでも目を通していれば、副島隆彦氏の政治分野における学問体系根本的に崩壊させてしまいかねないことが、『小泉純一郎と日本の病理』に明白に書かれているのですが、その下りすら副島氏は読んでいないようです。(副島氏の『小泉純一郎と日本の病理』に関する書評、その他は、いずれブログ[教育の原点を考える]に転載します)
ところで、副島氏は至るところで丸山真男を批判していることは、知っている人は知っていると思いますが、それでも副島氏は何処かに丸山の著した「タコツボ型」と「ササラ型」については誉めていました。しかし、肝心の副島氏自身がタコツボ型の思想の持ち主であることは、副島氏自身の書いた『小泉純一郎と日本の病理』に対する書評を一読すれば、藤原ブッククラスターには一目瞭然であり、これ以上の皮肉はありません(笑)。
なお、副島氏の思想の根本的な欠陥の一つを知りたい読者は、そのあたりをさりげなく書いている以下のページに目を通されるといいでしょう。
http://asyura2.com/0406/idletalk10/msg/733.html
『属国・日本論』(副島隆彦著 五月書房)
掲示板・阿修羅の上記の投稿は、副島氏自身が己れの代表作の一冊であると自慢している『属国・日本論』を、一見高く評価しているようで、実は副島隆彦の学問体系の根本が崩壊しまいかねないこともさりげなく書いているのであり、同じことが『小泉純一郎と日本の病理』にも書いてあるのです。もし副島がその下りを読めば、まともな神経の持ち主であれば、とても書評を書く気すら起きなかったはずです。
それから、副島氏の掲示板に脱藩人をコスモポリタンと同類に考えていると思われる下りもあり、ここからも副島氏がタコツボ型思想の持ち主であることが明白であることは、藤原さんの一連の著作に目を通してきた読者には一目瞭然でしょう。
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