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藤原肇の最新刊発売

184花巻:2009/10/01(木) 15:24:36
われわれ読者だけでなく藤原さんまでが、活字メディアに書評らしきものがないと嘆いているが、活字のメディアは体制には及び腰で、サラリーマン稼業の連中が圧倒的だから、あの本が理解できるだけの視野の持ち主はいない。自由な言論活動は一部の限られたブロッグ人間だけだろう。こんな記事が見つかったので報告する。
<貼り付け>副題は〈自民党政権 負の系譜〉。英語タイトルは《TRUMP TYRANNY》。
  http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4860293053.html
同じ著者の前作↓は、都道府県の図書館サイトで横断検索すると、適宜数、各地の図書館に入っている。
 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4334933688.html
 cf.―― http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/books/koizumi.htm
この最新作を図書館サイトで横断検索するのは後日の愉しみ。
さて、一読して再読中だが、《さらば、暴政》は面白い。簡単で、難しくて、検証欲をそそられる――そこがすこぶる面白い。パンクロックな書物だ。
「さらば」は「さようなら」で平たく言うと「それでは」「では」ゆえ、一般に「またね」「再見」「see you again」にも通じるのだが、本書を読むと通じない。
ドライでクールな「うんざり感」「辟易感」「絶交感」の籠った、あっさりとした「さらば!」。パンクロックだ。
「あばよ」の語源が「按配よろしゅう」だとしたら、本書の「さらば!」は「あばよ!」とも違う。しかし語源など度外視すれば「あばよ!」でいい。パンク感覚では「あばよ」は「あッカンベェ〜ダゼ、ばッキャロメ、ウセロよ」だからだ。「またね」には交代感が残存する。交代感を拒むのが絶交感。《さらば、暴政》の「さらば、」は英語で言えば、
       purge(パージ)
       excommunicate(エクスコミュニケイト)
       get rid of(ゲットリッドオブ)
すなわち「追放」「破門」「駆除」といったニュアンス満載の「さらば!」だろう。
本書p.32の3行目に「この辞任は武士道ではなく、腑抜けだ」とある。
英字新聞にそう書かれていたらしい。検証欲をそそられてabcで始まる単語3つでネット検索してみた。
   abe bushido chicken
当該英字新聞が読めたし和文の論評記事も読めた。
パンクロックだ。私がパンクロッカーならchickenはそのまま「ひよこ」と訳すが、そんなことはどうでもいい。
「腑抜け」も「ひよこ」も歌詞としてパンクロックだからだ。「暴政」の対概念が「共通善」であることはp.244に記されている。難しい、だが簡単で、検証欲をそそる。
パンクロックだ。面白い。読みながら索引や年表を作りたくなる書物。
何といっても「じゃあどうすればいい? 教えてくれ!」と甘ったれたことを言う読者を突き放しているところが好い。ガイドブックやハウツー本ではないのだ。「賢くなりたきゃ自分でなりな!」――そんな感じ。パンクロック。


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