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藤原肇の最新刊発売
124
:
根本敦史
:2005/12/30(金) 21:28:51
そうですね、日本におけるフリーメーソンに関する情報の大半がディスインフォメーションだと思っています。
ひとつ思うのは、フリーメーソンを始め、あらゆる秘教、密教とされてきた叡智というものの基はひとつであるということです。しかし、これらの叡智が如何にして生まれたかということを考えると、それも当然のことのように思います。つまり、これらの叡智は、我々同じ地球に住む人間がより良く生きることについて考えたもので、結局、それらはこの宇宙について学んだものと思われるからです。学ぶとは、真(真理であり、理)に似せることで、真似ることです。答えは常に一つなんでしょう。この哲学というか叡智が、きっと世界中に散らばったものと思われるのです。
古神道学習者さんが面白い表現をされていますが、ある叡智を学ぶ術としての「理性」と「精神性」、「理性」と「感性」とも言えましょうか、それも考えてみると面白いです。何故、日本がこれまで「感性」の国足りえたのか。それは、地球上における日本という国土の地理的な条件に大いによるものと考えられないでしょうか。四方を海に囲まれ外敵の進入が比較的に少なかったこと、そして、四季に恵まれ、大地が育む水が綺麗であること、また、中央構造線上に列島が延び、どこを掘っても温泉が沸き、地下資源にも恵まれているということ。日本の歴史は、国土により齎されてきた、本当にそのように思います。場合によっては、日本には宇宙の理を知るに適した素晴らしいある場所があったかもしれませんね。世界最大級のカルデラ湖、阿蘇などは、まるでそれ自体が宇宙の情報をキャッチするパラボラアンテナのようにも見えます。
かたやユーラシア大陸をはじめ、諸大陸の諸民族はどうでしょう。争いは、その国土自体がもっているカルマとも思われ、数千年、いつでもそのカルマから抜け出せた試しがありません。であるから、日本以外の諸民族は、理性をもって生き抜かなければならなかったし、一部の密教、秘教というものは、常に裏に潜みました。しかし、その叡智の哲学は結局は一つだったのですね。もっとも、こんなに争いが続いていては、まともに研究も続けられないし、真の情報の保存も難しかったでしょう。
藤原さんが紹介した清水先生の「場の理論」が判りやすく説明しますが、「感性」の国である日本は、理性による叡智の伝達を、叡智を学ぶ「場」の保存に費やしてきたわけで、それがあらゆる日本の遊びの文化の中に生きています。茶道、書道、華道、香道、剣道等々。武道の稽古には、道場があり、正に道を学ぶ場だったわけですね。
そして、大本が言った「石屋と手を結ぶ」ことの意義は、理性では果たしえなかった何かを、感性による何かでそれを果たすことです。そこに、スメラミコトが関係してくるかもしれませんね。世界の中心軸です。独楽も中心軸がぶれるとダメですね。今、世界にはこの軸がないのです。この軸を中心とした世界人類の回転運動です。そうしてみると、通貨「円」というものの役割も、今後、不思議と重要となってくるかもしれません。しかし、思います、何故に封印したのか、そして何を待っているのかと。。。
いずれにしろ、今年も後僅かです。これから温泉に言ってきますが、この国に生まれ、温泉(火、太陽)につかり、綺麗な水(月)を飲み、豊かな大地(地球)の御加護があることを感謝したいと思います。
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