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第46回衆議院議員総選挙(2013年?)

416チバQ:2010/07/04(日) 11:21:02
これもこっち向きか
http://www.kahoku.co.jp/news/2010/07/20100704t41012.htm
分裂自民、和解ムード 衆院秋田3区、すみ分けに前進

がっちりと握手する村岡氏(右)と御法川氏=6月24日、横手市


 参院選(11日投票)をきっかけに、衆院秋田3区で分裂していた自民党に「雪解け」ムードが高まっている。3区で2度、無所属で立った村岡敏英氏(49)が、たちあがれ日本から比例代表で立候補。村岡氏と戦った「政敵」の自民党元衆院議員御法川信英氏(46)が支援に回ったからだ。たちあがれ日本は、秋田選挙区(改選数1)で自民党新人を推薦し、「バーター」が成立した格好。因縁をぬぐい去れるのか。県政界の注目が集まっている。

 <誠意には誠意で>
 参院選公示日の6月24日夜、横手市で開かれた村岡氏の総決起集会に、御法川氏が顔を見せた。
 「村岡氏が、この地域のために頑張ってくれる人なのは間違いない」
 御法川氏は村岡氏をこう持ち上げた後、選挙区で自民党候補が推薦を受けたことに触れ「誠意には誠意で応えたいとの気持ちで、ここに立っている」と力を込めた。
 村岡氏も「自民党候補と(衆院選で)御法川氏を応援して、秋田の保守(の国会議員)を増やしたい」と訴え、2人はがっちりと握手を交わした。村岡氏の支持者は「ちょっと前までは考えられない光景だ」と驚いた。
 6月30日に由利本荘市であった選挙区の自民候補の個人演説会でも、御法川氏は村岡氏への支持を呼び掛けた。
 秋田3区の自民分裂は2003年衆院選がきっかけだ。村岡氏の父で元官房長官の兼造氏が比例東北に、御法川氏の父英文氏が選挙区に立つ予定だったが、英文氏が死去。党は選挙区に兼造氏の擁立を決めた。御法川氏は反旗を翻して無所属で出馬。兼造氏を破って当選し、自民党入りした。

 <過去に共倒れも>
 05年、09年衆院選は、引退した兼造氏の地盤を継承した村岡氏が無所属で御法川氏と激突。05年は御法川氏が再選を果たし、09年は共倒れした。
 関係者によると、転機は参院選公示直前の6月中旬だった。村岡、御法川両氏の後援会幹部が大仙市内で会合を持った。村岡氏側が手を組もうと呼び掛け、参院選の協力を要請したという。
 御法川氏は「村岡氏の選挙区での支援が大前提。村岡氏の影響力は、由利本荘市やにかほ市を中心に小さくない。(後援会の中に)参院比例なら応援できると言う人はいる」と説明。支持者の男性(66)も「次の衆院選で村岡氏の支援が得られれば、大きなプラスだ」と強調する。
 村岡氏派の県議は「御法川氏と手を結ぶことで今回、大仙市など内陸部の票が期待できる。たちあがれ日本に入党した以上、比例での当選を目指し、ここは協力が必要だ」と指摘する。

 <理屈分かるが…>
 分裂解消に対する自民党関係者の期待も大きい。村岡氏を支持する自民党員は「今回の参院選で成果が上がれば、複雑な関係がすっきりする」と話す。
 二人三脚の様相を見せ始めた村岡氏と御法川氏だが、支援がどこまで広がるかは不透明との見方もある。御法川氏の後援会関係者は「理屈で分かっていても感情的な部分が残るかもしれない」と複雑な胸中を打ち明けた。


2010年07月04日日曜日


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