したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

第46回衆議院議員総選挙(2013年?)

278チバQ:2010/03/04(木) 23:24:20
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr201001290001.html
<7>政党支援 惑う次世代 祖父・父たちと温度差 '10/1/29

--------------------------------------------------------------------------------


 細工を施す有間宗則さん(35)が、銅板に鋭い視線を放つ。広島県北広島町にある建築板金会社の専務。保守合同で自民党が誕生した1955年、祖父が創業し3代目となる。

 父親で社長の一宗さん(62)と母、妻を含めて従業員は7人。建築需要は落ち込み日々、営業にも駆け回る。有間さんは3児の父で町商工会青年部千代田支部長でもある。町の活性化にも意を砕く。

 昨夏の衆院選後、有間さんに悩みが一つ増えた。どう政治と向き合うべきか―。「政権交代で民主党という選択肢が現れた」。人口2万人余の町。土木・建設業が中心で、自民党国会議員の支援が常だった。ところが地元の広島3区では、民主党の橋本博明氏(39)が自民党の増原義剛氏(64)を破った。

 「与党となった民主党の政策を知っておきたい」。有間さんは昨年12月、広島市中区であった橋本氏のパーティーに出て、初めて話を聴いた。「頑張ってください」。本人に声を掛け、自らの出席をアピールもした。

 その日の夜、家族と食卓を囲んだ。パーティーの話を明かすと、「えっ、民主党に変わったんか」。一宗さんは驚いた。有間さんは「雰囲気を感じたかっただけ」と返した。

 一宗さんは、自民党支持の業界団体である県板金工業組合の副理事長も務める。「われわれの世代は、勝っても負けても自民党しか頭にない」。流れに沿って他党に近づく息子のしたたかさに、世代の「溝」を思う。

 有間さんは4年間の修業を経て13年前、町に戻った。業界の先輩に誘われ、増原氏と自民党の河井克行衆院議員(46)=比例中国=の両後援会に籍を置く。先の衆院選では、増原氏の演説会の人集めや会場整理にあたった。

 しかし、後援会活動とのかかわり方は、父と子の世代で温度差がある。能と受。「働き始めて景気がよい時代を知らない。自民党政治の恩恵を受けた記憶もない」。有間さんは、自分たちにはない活動への「熱」を、父たちに感じる。

 それでも、40歳までの商工会青年部のメンバーで、自民党国会議員の後援会に加わる人は少なくない。後援会には、町議や商工業者たち町の「顔」が集う。町でなりわいを続ける人々にとって、後援会は自らを売り込む「社交場」でもある。

 ふと有間さんは考える。今までは父や町の先輩に「右にならえ」で済んだ。10年たてばしかし、今の後援会の重鎮たちが主力になり始めた年代に、自分も差し掛かる。暮らしや仕事に直結しない組織と、どうかかわればよいのか、かかわる必要があるのか―。商工会の会合でも、よく同じ悩みを聞く。

 次の衆院選をにらんだ動きが、町で活発化してきた。祖父や父の世代が支えてきた自民党議員の後援会は巻き返しを狙い、対する民主党も後援会の組織づくりを加速させる。民主党対自民党。町で後援会は、政治、政党の代名詞ともなる。

 その政党の選択という要素が、政権交代で加わった。「一つだったら楽だったかも」と有間さん。商工会の次世代は、後援会との向き合い方をめぐる惑いの中に立つ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板