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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2

5595チバQ:2009/09/13(日) 12:05:58
http://www.toonippo.co.jp/kikaku/seikenkoutai/rensai-hendou/0906.html
2009年9月6日(日)

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■ 09衆院選本県選挙区/変動と波紋

(5)4区/津島陣営結束に弱さ 木村氏、「党より人」奏功


 写真右は小選挙区落選を支持者にわびる津島氏(8月30日午後10時50分すぎ)。写真左は当選が決まり支持者と握手する木村氏(8月31日午前0時すぎ)
 開票から一夜明けた8月31日、民主党の津島恭一の弘前市の選挙事務所。最後の片付けをするスタッフの表情には、1人の衆院議員を送り出したという高揚感も充実感もなかった。

 その空気は、開票日の夜と全く同じだった。票が開くたび、「郡部はいける」という読みはことごとく外れた。11市町村中、津島が制した自治体はゼロ。「党がこれだけの追い風を受けて一つも取れないとは」と、陣営関係者はがくぜんとした。結局、選挙区は勝利を逸し、比例代表での復活当選に甘んじた。

 選挙戦は、民主、社民、連合青森、全国郵便局長会の政治団体「郵政政策研究会」が、初の共闘態勢を敷いた。しかし「大同団結」の掛け声とは裏腹に、組織間で意思疎通を欠いたり、互いに遠慮して動きあぐねたりと、ちぐはぐな場面がしばしば見られた。

 最大の弱点は、寄り合い所帯のまとめ役の不在だった。民主党の参院議員2人、4区内の党県議2人はそれぞれ、独自の動きが目立った。「連帯や組織体制に問題がなかったとは言えない。そこが大きな敗因かもしれない」と、選対本部長の県議三上隆雄は素直に認めた。

 自民の議席を死守した木村太郎は1日、弘前市の事務所で、やや硬い面持ちで記者会見に臨んだ。終了後、ポケットからクリを取り出した木村は「支持者がくれた“勝ち栗”。こういう人がいるから、やり抜くことができる」とぽつり。表情がようやくほぐれた。

 強い逆風下でも、木村は前回に続き約11万票を獲得した。開票日、選挙事務所で厳しい結果を覚悟していた選対本部長で黒石市長の鳴海広道ら陣営幹部も安堵(あんど)した。

 「党より人」の戦略が奏功した。大票田の弘前市で、自民の比例得票は3万票弱にとどまったが、選挙区の木村票はそれを2万票上回る約5万票を確保した。党四区支部選対本部長の県議西谷洌は「太郎は落とせない、続けてほしいという思いが有権者にあった。われわれもそこを強調し、前回の3倍以上の運動量で票固めをした」と明かす。

 しかし、選挙戦を底支えした元知事の父守男の後援会の高齢化など、組織上の課題も露呈した。支援団体の再編も視野に、後援会幹部は「逆風が吹いても、はね返す力を出せるように、中間の世代を中心に組織を強化していく。今回の選挙が教訓になった」と次を見据える。

 今回の選挙で、4区の首長は中立の弘前市長相馬〓一(しょういち)を除き木村支持に回った。来年前半から、平川市、弘前市、黒石市など首長選が続く。津島の当選で、民主党勢力には核ができ、対立候補擁立への展望も開けてきた。しかし鳴海は「今回は、風やムードが後押しした結果で、民主党組織が確立して実力でもぎ取ったものではない」と首長選への影響については否定的だ。

 それでも、民主党の県議山内崇は「独自の地域政策づくりを進め、あらゆる選挙に自民の対抗馬を立てる」と首長選での対決に意欲を燃やす。

※相馬〓一市長の「〓」は「金」へんに「昌」

(文中敬称略)=終わり=


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