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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2

4068千葉9区:2009/08/20(木) 23:44:59
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090811_01.htm
政権選択の夏

(8)首相おひざ元も逆風

 人気アニメ「サザエさん」の曲が会場に流れた。

 「全国各地を走っている皆のため 何でも解決 うちらの誠ちゃん 沿岸道路も開通しましたよ ルルルルルル きょうもいい天気」

 1日午後、福岡県みやま市の公民館で開かれた自民党の古賀誠の「女性の集い」。約400人の出席者が最後に、古賀の応援歌を大合唱した。

 地元には、「誠橋」と呼ばれる橋もあるほどだ。公共事業を通じた地元への貢献をたたえる歌に、古賀は照れ笑いを浮かべた。

 これまで古賀は、衆院選の投開票日までに選挙区に入ることは少なかった。まして今回は、自民党全体の戦いに目を配る選挙対策本部長代理の職にある。その古賀が地元に張り付き、必死で組織を固めている。

 大牟田市の夏の風物詩とされる7月25日の「大蛇山まつり」には、白い法被とねじり鉢巻きをつけて踊る古賀の姿があった。毎年顔を出しているが、選挙直前の今年は、1万人の参加が見込まれる「総踊り」は支持獲得のチャンスだ。若者から記念撮影や握手を求められると、両手でVサインを作って上機嫌で応じた。

 最近は、小学校区ごとに数十人から100人程度の会合を重ねている。30年以上前から古賀を知る地元の市議が「かつてない危機感だ」と漏らすほどだ。

 理由は、党への逆風ばかりではない。民主党代表代行の小沢一郎が、代表だった昨年9月、古賀の元秘書で古賀が仲人もした前八女市長の野田国義を対抗馬に擁立し、「下克上選挙」に持ち込んだことが大きい。

 小沢の狙いはこうだ。

 福岡は首相の麻生太郎のおひざ元だ。その福岡で最低でも全11区の過半数を制する。選挙を仕切る古賀の落選はその象徴となる――。

 古賀のもとにいた野田なら、古賀票の引きはがしを見込めるというわけだ。

 古賀は5日、大牟田市での会合でこう語った。

 「苦しい選挙戦だが、30年の政治活動の集大成として悔いのないようにしたい」

 対する野田は6日夜、日中の暑さが残るみやま市の小さな公民館で、約30人の聴衆に「福岡7区から政権交代ののろしを上げてください」と訴えた。

 隅々まで後援会組織を張り巡らせる古賀の前に、野田陣営は一時、手詰まり状態に陥っていた。勢いを取り戻したのは、6月の小沢の訪問がきっかけだ。

 小沢は、柳川市内の料理店に野田後援会の幹部ら約100人を集めた。名産のうなぎ料理を前に、小沢がお酌して回った相手の中には、古賀後援会の元幹部もいた。野田は「各地域で核になる人をつくれ、という『小沢流』を学んだ」と意を強くした。

 多くの首長が「私は古賀先生と心中する」と公言するなど、古賀の「壁」はなお厚い。それでも、野田は「自民党が下野したら、どんな大物政治家でもただの野党議員だ」と強気だ。



 麻生も6日、首相就任後初めて選挙区に入った。演説会場となった飯塚市の広場には7000人が集まり、せみ時雨をかき消すほどの「太郎コール」が起きたが、マイクを握った麻生は自らの失言などに触れ、「私の力不足。心からおわび申し上げます」と頭を下げた。

 麻生陣営は、「首相といえども楽観はできない」と組織を引き締めている。しかし、全国を飛び回る麻生が再び選挙区に入るのは難しい。

 「おやじが厳しいので帰ってきました。よろしくお願いします」

 麻生の窮状を見て、米国の大学に留学している24歳の長男が一時帰国した。父親から譲られ、裏地に「TA」というイニシャルが入ったスーツを着て、支持者を回っている。

 対する民主党の山本剛正は、地縁のない「落下傘」候補だ。県連が2007年に擁立を決めてから、街頭演説は3500回、戸別訪問は2万軒を超えたという。

 「麻生政権ができた時は、邪魔者扱いされ、心が折れそうになった。それに比べれば、今は地獄から天国に来たようなものだ」と、相手への逆風を自らの追い風にすることに手応えを感じている。(敬称略)

(2009年8月11日 読売新聞)


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