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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2

3208千葉9区:2009/08/08(土) 15:41:16
http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000320901190001
南伊勢の風〜衆院選へ


出る 残る 悩む若者
2009年01月19日

 18日、東京で自民、民主両党の党大会があった。麻生首相が「経済危機に対応策が示せるのは自民党」と叫び、民主党の小沢代表も「経済危機の今こそ大転換の好機」と景気回復の旗を掲げたが、県内で固い保守地盤を持つ南伊勢町に住む若者の間では、政治への期待は小さかった。
(信原一貴、中島嘉克)


 この日午前9時、五ケ所浦の町民文化会館の駐車場に、特産の干物や魚介類、みかんを販売するテントが並んだ。地元商店でつくるグループが毎月第3日曜日に開いている「ふれあい市」だ。


 グループの会長、干物店経営山下正実さん(46)は「若者が本当にいない。参加店舗の経営者で最年少が私です」とため息をつく。


 町の1万6千人余の人口のうち65歳以上の高齢者が約4割を占める。町商工会によると、約700の会員のうち、若い後継者がいるのは1割以下だという。


 与党は、定額給付金を「消費刺激策」とも位置づけるが、山下さんは「定額給付金のようなばらまきでは、町内の景気は回復しない。町に常設のテント市をつくる費用が出るなど、地域振興に役立つ金の出し方がほかにあるはずだ」と厳しい。


 テントに若者の姿があった。押渕の「庄下(しょうか)糀(こうじ)屋」の後継者庄下真史さん(22)だ。東京農大短期大学部の醸造学科を卒業後、昨年3月に実家に戻り、甘酒の原料となるこうじづくりの修業を続ける。


 店を支える祖父母は70代。父親は町で消防士となり、兄、姉は東京と松阪で就職した。「大手の酒メーカーなどへの就職も考えましたが、早く実家の仕事を身につけて、故郷に役立ちたかった。少しでも商売が楽になるよう、政府にはガソリンや高速道路の値下げなど、生活を直接良くする政策を取り続けてほしい」と話す。庄下さんは「僕らの世代が一人でも多く残り、町内を活性化できたらいい」と前向きだが、中学校の同級生の大半が名古屋市や伊勢市など町外で暮らすのもまた現実だ。


 町内の小中学校に30年以上、給食用のパンとご飯を納入してきた伊勢路の「大江製菓」を父親とともに経営する大江伸幸さん(36)は、3月末で店をたたむ。「町内で子どもが減り、給食用食材の売り上げがどんどん減った。業績改善の見通しはなく、経営がもたないと判断した」と語る。伊勢市で働く女性との結婚を機に、住まいを同市に移し、就職する。「政治が、もう少し若者が暮らしやすいまちづくりを支援してくれればいいんですが」


 一方、田舎暮らしをめざす若者たちは、町の豊かな自然に関心を寄せる。小学生の子どもを持つ母親らで田植え祭りや秋の収穫祭を開いている主婦田畑由美さん(37)のもとには、年に5人ほど全国の若者から相談がくる。「住宅の確保や地域住民による生活支援など若者の受け皿が必要。国政には何も期待はしていない。住民が自分たちで考え、まちづくりをしていくしかない」


 昨年12月、会社員の菰口(こもぐち)健司さん(35)は愛知県から田曽浦の町営住宅に妻と移住した。前職はトヨタの期間従業員。大学卒業後、派遣や期間従業員として短期で働きながら、アジアを旅してきた。「こんな生活を自由にできたのも、製造業が人手不足でいつでも仕事が見つかる状況だったから。国には素早い経済対策で、様々な生き方ができる環境を取り戻して欲しい」。今は、町内の清掃会社に正社員として働いている。


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