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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2

3049千葉9区:2009/08/06(木) 21:04:19
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000180908050001
分裂と融和 情勢急変
2009年08月05日




 4日午後。自民党宮崎県連の緒嶋雅晃会長(県議)らは、宮崎1区に無所属での立候補を表明している中山成彬氏と、宮崎市内の中山氏の事務所で向かい合った。


 非公開で行われた30分の会談後、事務所を出てきた緒嶋会長は「一本化なんてことは今さら……。こういう形になって残念だけど、お互い頑張ろうということだ」と話すと、急ぎ足で車に乗り込んだ。


 1区の自民は、「1区支部公認」を主張する中山氏と、緒嶋会長ら県連側から「県連公認」を受けた上杉光弘氏との間で分裂選挙となる。2人とも党本部の公認は得られず、無所属だ。


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 昨秋、中山氏が日教組批判などの問題発言の引責で不出馬表明したことを受け、県連は後継候補を公募。その結果が、19人の応募者の中から選ばれた上杉氏だった。


 県内の自民勢は、上杉氏派と、2区の江藤拓氏の父の故隆美氏派に分かれ、知事選や国政選挙で争ってきた。中山氏は中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わった96年の衆院選で、出身地の小林市などがある旧2区から1区に移った際、隆美氏の後援会を引き継いだ関係にある。


 対立の構図は今に続く。


 中山氏は07年の知事選で、自民が推した持永哲志氏ではなく、川村秀三郎氏を支援。分裂選挙となり、結果として「しがらみの無さ」などを訴えた東国原英夫知事が誕生した。自民は04、07年の参院選でも分裂選挙となり、非自民系候補に敗れた。


 そして今回、知事選で中山氏の支援を受けた川村氏が、民主などが推す無所属候補として中山、上杉両氏と争う。


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 閣僚経験のあるベテラン同士の確執。多くの自民関係者は、1区での共倒れだけでなく、「自民全体のイメージが悪くなる」と、2、3区への影響も懸念する。
 05年、郵政民営化が最大の争点となった衆院選では、上杉氏が自民公認の「刺客」として2区に送り込まれ、民営化反対で公認を得られなかった江藤拓氏と争い、敗れた。


 その上杉氏が2日、前回の「敵」である江藤氏の日向市の事務所開きに駆けつけた。「前回(自分が)取った6万余票は1票漏れなく江藤さんに」とあいさつし、江藤氏と固く握手。2人の間に遺恨は残るはずだが、今は融和ムードを漂わす。


 上杉氏は2区内の西都市出身で、全県が選挙区の参院議員を3期務めた実績もある。


 江藤陣営としては、2区内の上杉氏の支持者の票が欲しい――。一方、「上杉氏だって(中選挙区時代から)宮崎市に残る隆美氏の票が欲しいはずだ」と、江藤陣営のある幹部は見る。


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 3区の古川禎久氏も「自民党が信用失墜を繰り返すなか『宮崎でもか』ということで本当に残念。ダメージは計り知れない」と、1区の混乱の影響を認める。


 ただ、3区の自民の事情は1、2区とはやや異なる。


 中選挙区時代に争った、ともに都城市出身の堀之内久男氏と持永和見氏の影響がいまだに残る3区。古川氏は05年の衆院選で、民営化反対で自民公認を得られず、民営化賛成で公認を得た持永氏の長男哲志氏と争った経緯もある。


 だが、7月20日に都城市であった事務所開きでは出席者からの提案で、昨年8月に亡くなった哲志氏のために黙祷(もくとう)がささげられ、融和への努力が見られた。古川氏の後援会幹部は「今回は3区内の保守層をまとめる絶好のチャンス」と話す。(石田一光)


    ◇


 18日公示、30日投開票の衆院選まであとわずか。主な政党の県内の実情を追う。


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