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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2

1564千葉9区:2009/07/16(木) 23:21:24
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/2009sousenkyo/list/CK2009062202000223.html
チルドレンの総決算(下) 消滅の危機
2009年6月22日

 「公認がなければ無所属で出ます。党を出ることも視野に入れたい」

 自民党の長崎幸太郎氏(比例南関東)は11日夜、山梨県・河口湖近くの公民館で、約100人の支援者を前に自分の置かれた立場を説明していた。

 長崎氏は2005年郵政選挙の山梨2区で、造反組の堀内光雄元総務会長への刺客として、党公認で出馬。重鎮を相手に約900票差まで迫り復活当選した。

 しかし、堀内氏は翌06年に復党し、次期衆院選では再び公認されることになっている。

 堀内氏の公認内定が決まったのは1年ほど前。その直前に長崎氏は古賀誠選対委員長に呼ばれ、党への貢献度や実績を理由に「どんなに頑張っても公認は堀内先生だ。結論は変えられない」と比例名簿上位での処遇を提案された。しかし、納得がいかずに断り、今に至っている。

 勝てる候補、というのが基準の公認調整。長崎氏のアピール材料は新規党員の獲得数だ。08年も約6000人集め、2年連続で党内1位に。「応援してもらっている地元と縁は切れない」。地元への思い入れが、小選挙区にこだわる最大の理由だ。

 古賀氏からは今月16日付で、2区の党員に「長崎君の行動は反党行為に値し、極めて厳しく対処せざるを得ない」と処分をちらつかせ、堀内氏へ支持一本化を求める文書が配られた。

 郵政民営化という錦の御旗を背負って初当選したはずが、いつのまにか、党規違反に問われる立場に立たされている。

   ×  ×

 6月半ば、さいたま市では、5月の市長選に敗れた中森福代氏が秘書とともに、お礼の支援者回りを続けていた。

 中森氏も小泉チルドレンの1人だったが、衆院議員を辞職し市長選に臨んだ。結果は鳩山由紀夫代表就任直後で勢いを盛り返した民主党系候補に大敗。転身はかなわなかった。

 ただ、国会にとどまっていても、次期衆院選では当選を目指すどころか、処遇さえ分からなかった。

 中森氏にとって、通常なら当選圏に届かない比例北関東の名簿34位で初当選した郵政選挙は、思いもよらない結果。「私は05年5月のさいたま市長選にも出て、落ちている。(今は)最初の状態に戻っただけ。あの議席は天が恵んでくれたもの」と淡々としている。

 14人いた比例単独当選のチルドレンで、運良く小選挙区が見つかったのは、大塚拓(埼玉9区、町村派)と鈴木馨祐(神奈川7区、麻生派)の両氏だけ。いずれも派閥入りし、引退する派閥先輩議員の後継に座った。

 自民党への逆風下、比例下位の議員は、小選挙区を見つけなければ、次の当選はおぼつかない。脱派閥がもてはやされたが、無派閥だった杉村太蔵氏(比例南関東)が衆院選出馬断念に追い込まれたように、処遇面では派閥のバックの有無が明暗を分けた。

 だが、政権転落の危機もささやかれる中、4年前に突如として永田町に現れたチルドレンに、雲散霧消の危機が迫っていることには変わりない。(清水俊介)


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