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人口問題・少子化・家族の経済学

1795とはずがたり:2018/01/06(土) 16:31:19


2月ごろ私の元に来るメールでは、毎年こういうものが多い。

「中学受験に失敗しました。もう、この子の人生は詰んだも同然です」

中学受験したすべての学校に不合格だったわけではなく、ちゃんと合格している学校もあるのに母の心は敗北感で埋め尽くされていたのだ。

これらはすべて「失敗は許されない」という強迫観念に由来するものであろう。ひとり、ふたりしかいない子育てに失敗でもしたら、自らの母親としての価値がなくなるかのように捉える、追い詰められている母は多いのだ。

こぼす前に「こぼすんじゃないよ」と子に怒声を浴びせる親
こういう不安要素の塊のような母たちにじっくりと話を聞いてみると、見えてくるものがある。彼女たちもまた「異様に失敗を恐れる」または「失敗そのものを許さない」という親の元で成長しているケースが多いのだ。


たとえば、幼き日、何かの液体をこぼすまいと容器を持っているとしよう。すると、頭上から親の「こぼすんじゃないよ!」との怒声が飛んでくる。まだ、こぼす前にもかかわらず。

このように、失敗する前から、まるで失敗したかのような対応をされて育っている。

そこで本当にこぼそうものなら、親からのさらなる叱責と失望と否定の態度と言葉を同時に浴びせられ、こぼすことなく着地に成功しても、賞賛の言葉はかけられない。

失敗を恐れる親の子は「己の頭で考え行動しない」
「失敗すれば子どものせい、成功したら親のおかげ」という価値観が働く家庭で育つと
どうなるかと言えば、こうなる。

<自らが進んで行動することを一切しなくなる>
<己の頭で考えなくなる>

○○しなくなるというよりも、できなくなるのだ。失敗すると怒られる→何もしなければ怒られない→何もしない→自分で考えることを拒否という思考にはまってしまいやすい。


自分が本当は何をしたいのかという意志を持つ訓練をしないままに長じると、当然ながら“自分目盛り”は持てない。全ての出来事が他人の尺度、他人の目にどう映るのかということが自分の気持ちよりも優先されるのだ。

それは自身の子育てにも色濃く反映されていくだろう。そんな親は、目の前にいるわが子を見ているようで、見ていない。

誰かからのそしりを免れるため、あるいは誰かからの賞賛を得るために、そのあるかどうかも怪しい「枠」にわが子を無理やりにも入れ込もうと躍起になるのだ。

子育てに不安な親が自信を持つ方法とは?
しかし、これをわが子に連鎖させてはならない。

ここらあたりで「不安」という名の「呪縛」から開放されるべく、かじを切ることを提案したい。時代背景、世の中の空気、いろいろなことが親を不安にさせるので、親がより安全だと思う道にわが子をいざなうことはしかたないことではある。だが、自分が「不安で不安でしかたがない」という自己認識がある親は、他人の尺度ではなく、徐々に“自分目盛り”を持てるように頑張ろう。


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