われわれは日常的に,自分や他人の行動に関する予測や説明を求められたときに,「ある主体 xが d を欲しており,当該環境において a が d を達成するための手段であると信じているならば,x は a を行う」というような形式にのっとった説明を心に抱くのが常である.われわれが日常的に人間行動に対して帰属させるこのような心理学は,「素朴心理学(folk psychology)」と呼ばれている.これからの議論のために素朴心理学を少し言い換えておくと,この人間行動のモデルにおいては,主体は,何を欲するかという「欲求(desire)」ないし「選好(preference)」を持っており,それとどのような行動が自分の欲求達成に有効かという「信念(belief)」とを組み合わせて最適な行動を選択するとされている.
こうした人間行動のモデルを用いる場合には,考察の対象となる人間の選択行動は意図的・意識的に行うものに限定されることに注意されたい.
伝統的に,哲学者や社会科学者たちは,信念と選好を所与にして意図的・意識的に行う行動のことを行為(action)と呼び,非意図的・無意識的な行動のことを,( 狭い意味での ) 行 動(behavior)と呼んで区別してきた。
Fehr and Schmidt (1999) の不平等回避のモデル,Rabin (1993) の公平均衡の概念などは,伝統的な利己的な個人の選好とは異なる選好を考えているとはいえ,個々人が明確な信念と選好を持って選択を行っていると想定されているので,行動経済学Ⅰの理論であることになる.また,McKelvey and Palfrey (1995, 1998) の質的応答均衡(QRE)も,プレーヤーたちの最適反応にノイズが入っていると考えているものの,均衡において,各プレーヤーは他のプレーヤーたちの選択を予測し(すなわち信念を形成し),それに対して最適反応を行っているので,やはり行動経済学Ⅰに属する理論である.Stahl and Wilson(1995) などの研究は,合理性には階層性があると想定し,ナイーブなプレーをする人々から,かなりの戦略的な深読みをする人までを想定し,一定の人口分布が存在すると考えているが,ここでも人々は信念と選好を持って,それを所与にして最適な行動をとっていると考えているので,やはり行動経済学Iに属している