したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

芸能裏ねたジャーナル

1213小説吉田学校読者:2010/11/15(月) 19:15:05
星野哲郎と言えば「風雪ながれ旅」であります。「三味が折れたら両手を叩け、バチがなければ櫛でひけ」はへっぽこオーボエ奏者としての私の座右の銘であります。
星野哲郎は高橋竹山の自伝を読んで、それだけで「風雪ながれ旅」の詞を書いた。そして、竹山も許しちゃうというところがすごい。高橋竹山、星野哲郎、船村徹、北島三郎4人の天才たちは遠くにいても通じ合うのだろうか。合掌。

「三百六十五歩のマーチ」作詞家の星野哲郎さん死去
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20101115-OHT1T00163.htm

 「三百六十五歩のマーチ」「函館の女」で知られる作詞家で、日本作詩家協会名誉会長の星野哲郎(ほしの・てつろう=本名有近哲郎=ありちか・てつろう)さんが15日午前11時47分、死去した。85歳。山口県出身。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。
 高等商船学校卒業後、病気療養中の1952年、雑誌へ投稿した歌詞が入選し、翌年作詞家デビュー。作曲家船村徹さんとコンビで、北島三郎の「函館の女」「風雪ながれ旅」、美空ひばりさんの「みだれ髪」、鳥羽一郎の「兄弟船」などがヒットした。
 都はるみの「アンコ椿は恋の花」や、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」、小林旭の「昔の名前で出ています」なども大ヒット。渥美清さん主演映画「男はつらいよ」シリーズの主題歌も親しまれた。91年、北島の歌った「北の大地」がレコード大賞を受賞した。
 紫綬褒章、勲三等瑞宝章を受章。日本音楽著作権協会会長も務めた。

 都はるみ「星野先生に初めてお会いしたのは16歳の時。市川昭介先生と一緒にご自宅にうかがいました。「アンコ椿は恋の花」は、私を世に出していただいた、私にとって特別な歌です。市川先生も吉岡治先生も逝かれてしまい、私もそちらにいきたい気持ちです。でも私は生きている限り歌わなければいけない。本当に悲しく、つらいです」
 音楽評論家・反畑誠一さん「穏やかでいつも笑顔が絶えない、おちゃめな人だった。船乗りだったことがある星野さんらしい、「兄弟船」などの海の歌が印象深い。「三百六十五歩のマーチ」などのユーモアたっぷりな歌や、夫婦愛、家族愛の歌…。どの作品も日本人の「心の歌」であり、昭和という時代の輝きだった」


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板