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【捲土重来選挙】200X次期衆院選スレ

2742杉山真大 ◆mRYEzsNHlY:2008/03/02(日) 23:49:33
 ■新人の場合、鈴木は「火をつける」ことを重視する。1967年1月、新人、山口敏夫(元労相、旧埼玉2区)は落選するとみられていた。
   山口の場合、誰も当選できると言う人がいない。平河クラブ(自民党記者クラブ)の連中に聞いてみても、「行かない方がいいよ、今回は顔見せなんだから」と問題外だった。地元の記者さんもそう。
   その時はマスコミを利用したんだ。ある放送局の記者が来た。「どうですか、そちらからみて」と聞いたら、やっぱり山口はぼろくそなの。どこの社も同じことを言う。
   そこで「山口はそこそこ行きますよ」と情報を流したんだ。そうすると「どこ見られてますか」と聞かれるわけだ。で、「3日後にここ行ってみてください」と言う。3日の間に動員してそこを攻撃する。マスコミはその後を行くわけだから何ぼか香りはするわけです。すると、「そう間違ってないな」とこうなる。それがこっちの作戦なんだ。で次行ってみてくれ、と次はそこに動員をかける。

 ■山口は当選し、労相にまで上り詰める。
   07年の民主党が大勝した参院選で、小沢代表は最後まで郡部中心の「川上作戦」に徹した。あえて都市部に背を向け、人口の少ない山間部や県境の村に足を運んだ。
   その拠点が、小沢一郎が言う「山」ですよ。本当の山の奥、人口2000〜3000人のところへわざわざ党首が行ってしゃべるんだ。
   なぜか。人が少ないからすぐまとまるんだ。それに「党首が来た」ということで握手なんかをする。で、「固まった」となる。政策とか小沢が何言ったとかって、皆が政策聞いてるわけがないもの。新聞に書いてあるもの。「小沢が来て、手握ってこうやったんだ」ってね、「農家のこと一生懸命やるって言ったんだからいいじゃないか」となるんだ。それで支持が変わるわけ。自民党の大票田が崩れた。
   その戦法で自民党を崩さないことには、民主党には田舎で票が入らない。小沢は山村の塊を自民党を崩す拠点にしたんだと思うんですよ僕は。
   当選できそうだとなれば、バッジ族(議員)も有力者も集まってくるんですよ。そこまでは石にかじりついてでも進まなくちゃいけない。手練手管を駆使してね。それはやっぱり選挙参謀の仕事です。(敬称略)=つづく

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 ■人物略歴◇すずき・せいしち

 ◇大物続々、国会に
   新人、小沢一郎の最初の選挙(1969年)を指揮し、初当選させた人物。落選確実とみられた山口敏夫(元労相)を初当選させた手腕はいまも語りぐさになっている。
   ほかにも岡田克也(民主党副代表)、中川秀直(自民党元幹事長)ら数々の議員を国会に送り込んだ。李香蘭の名で知られる山口淑子(元参院議員)もその一人。
   1924年生まれ、旧前沢町(現奥州市前沢区)出身。政治家を志し50年、自由党(現自民党)政務調査会事務局入り。83年に元首相、田中角栄が田中軍団の選挙最高顧問に迎えた。続いて竹下派、新生党、自由党でも選挙戦術を指南した。
   病妻の療養のため、6年ほど前に帰郷。政治活動から身を引いて隠れ住もうと平屋を建てたが、今でも選挙前になるとこっそり「鈴木詣で」をする議員が後を絶たない。


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