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大中華世界的話題

7983チバQ:2015/08/18(火) 23:05:25
http://www.manila-shimbun.com/category/politics/news219205.html
8月18日のまにら新聞から

次期大統領選

前回次点のエストラダ市長が不出馬表明。支持票の行方が勝敗左右する要因に

[ 1438字|2015.8.18|政治 ]
 首都圏マニラ市のエストラダ市長(78)=元大統領=がこのほど、次期大統領選(2016年5月)への不出馬を表明した。「首都マニラの栄光」を取り戻すため、市長再選を目指すという。政権奪還を目指して立候補した5年前の前回大統領選で、映画俳優出身の同市長はアキノ大統領に次ぐ950万票を獲得。得票率は3割弱を占めており、庶民層を中心とする「エストラダ支持票」の行方が次期大統領選の勝敗を左右する要因の一つになる。
 ラモス政権下(1992〜98年)で副大統領を務めたエストラダ市長が、98年の大統領選でラモス大統領の後継候補を破った際の得票率は4割。これに続く2004、10年の大統領選で当選したアロヨ前大統領、アキノ現大統領の得票率も4割前後だった。
 次期大統領選の登録有権者数は約5600万人と予想され、投票率を前回大統領選並みの75%、当選者の得票率を4割と仮定すると、「当選ライン」は1600〜1700万票。前回選挙でエストラダ市長が獲得した950万票は同ラインの半分強に当たり、与野党両陣営ともに無視できない存在となる。
 次期大統領選をめぐり、同市長はこれまで「ビナイ副大統領が出馬しなければ、私が立候補する」と繰り返し公言してきた。同副大統領は、前回正・副大統領選でペアを組んだ盟友。13年の統一選でも、野党連合を結成し、自由党を中心とする与党陣営に対抗した。これらの経緯から、次期大統領選で同市長はビナイ副大統領支持に回るとみられてきた。
 市長と副大統領の蜜月に微妙な影を落としているのは、大統領選出馬を検討しているポー上院議員。
 ポー議員の亡父で国民的俳優のフェルナンド・ポー・ジュニア氏は生前、市長の大親友だった。さらに任期半ばの01年1月、アロヨ前大統領を中心とする勢力に大統領の座を追われ、同年4月に逮捕、投獄された市長は、「敵討ち」のため04年5月の大統領選で前大統領と対決、約7カ月後に急死した故ポー氏に、現在も強い恩義を抱き続けているとされる。
 この複雑な胸中をうかがわせたのは、首都圏マカティ市で7月1日に開かれた野党「統一民族主義者連合」(UNA)の結党大会だった。同党の母体は13年の統一選で、エストラダ市長とビナイ副大統領らが結成した野党連合組織。大会には、副大統領やホナサン上院議員、マセダ元上院議長らが顔をそろえたが、エストラダ市長は最後まで姿を現さなかった。
 さらに、次期大統領選不出馬を表明した記者との懇談会でも、同市長は「(アキノ大統領の後継指名を受けた)ロハス内務自治長官は閣僚経験者で実績も豊富。ポー議員は大変知性的。ビナイ副大統領も優秀な政治家で(10年の正・副大統領選で)私とペアを組んだ。いずれも私の友人だ」と名前を挙げて3人に言及。その上で、「公約や人気の高さを考慮して、支持候補を決める」と結論を先送りした。
 エストラダ市長は映画俳優を続けながら、首都圏サンフアン町(07年に市昇格)町長、上院議員、副大統領を務め、1998年の大統領選で地滑り的大勝利を収めた。しかし、在任中に浮上した不正蓄財疑惑で弾劾裁判にかけられ、2001年1月の政変エドサ2で退陣へ追い込まれた。その後は、略奪罪などで起訴、逮捕され、07年に終身刑の有罪判決(大統領特赦で釈放)を受けた。9年ぶりの政権奪還を目指した前回大統領選でアキノ大統領に敗れたが、13年のマニラ市長選で現職のリム市長を大差で破った。(酒井善彦)


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