[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
3901-
4001-
4101-
4201-
4301-
4401-
4501-
4601-
4701-
4801-
4901-
5001-
5101-
5201-
5301-
5401-
5501-
5601-
5701-
5801-
5901-
6001-
6101-
6201-
6301-
6401-
6501-
6601-
6701-
6801-
6901-
7001-
7101-
7201-
7301-
7401-
7501-
7601-
7701-
7801-
7901-
8001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
大中華世界的話題
2858
:
チバQ
:2011/12/15(木) 12:28:48
◇英雄チャーチルも支援拒否
旧都ヤンゴンで知り合ったウテタンさん(86)は独立(1948年)直後の政権で国家計画省の高官だった。コメを巡るこんな話を紹介してくれた。
「この国は第二次大戦まで(同じ英領下の)インドに年100万トンのコメを輸出していたが、戦争で止まり、インド人300万人が餓死したんです」。歴史に埋もれた「ベンガル飢饉(ききん)」だという。
私は東大の高橋昭雄教授(ミャンマー農村経済)から当時のミャンマーのコメ事情を聴いていた。日本の占領下、「日本兵が(使役の)牛を食用にしたことで生産量はガタ落ちしたが、それでもコメには困らなかった」と。それは輸出用が滞ったからでもあったのだ。このとばっちりで、第二次大戦下の日本人の犠牲者(民間人も含む)に匹敵するインド人が死んだ。
インド出身の女性ジャーナリストが昨年、ベンガル飢饉の原因を調査した本を米国で出版した。「当時のチャーチル英首相がインドに対する米国などのコメ支援を拒んだからだ」という内容だ。
チャーチルのインド人への人種的な嫌悪が背景にあったといい、側近に「インド人はウサギのように繁殖するから飢えるんだ」とさげすんだという。西欧で英雄視されるチャーチルだが、この本は「これまで無視されてきた彼の別の側面を暴いた」(米タイム誌)などと米欧メディアで評判になり、ナチスドイツのヒトラーになぞらえる論評もあった。
ただ、著者の女性ジャーナリストは飢餓の原因を日本軍にも求める。「そもそも(ミャンマーに)侵攻しなければ……」というわけだ。
茶店で男性の話を聞いているうちに雨は小降りになった。別れ際に「楽しみは?」と聞くと、困惑した顔で「何もない」と漏らし、すぐに「パゴダ(仏塔)参りかな」と言い直した。
ミャンマーの仏教徒は自らの不幸や災難の理由を「前世の行い」に求める傾向が強い。因果応報の思想だが、為政者にとっては、何ともありがたい。【パテインとヤンゴンで春日孝之】(随時掲載します)
毎日新聞 2011年12月15日 東京朝刊
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板