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近現代史綜合スレ

427荷主研究者:2011/08/28(日) 14:14:54

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004362437.shtml
2011/08/13 08:00 神戸新聞
地下指揮所66年ぶり現る 加西の旧海軍飛行場跡 

66年ぶりに全体像が明らかになった地下防空壕=加西市鶉野町

 太平洋戦争の際、旧姫路海軍航空隊の飛行士養成のため設置された鶉野飛行場(加西市鶉野町)の跡地に、同隊飛行科の指揮所(管制塔)とみられる地下防空壕が66年ぶりに姿を現した。民家敷地内にあり、流れ込んだ雨水で水没していたが、地元住民らが水を排出。複雑な内部構造が明らかになり、住民らは貴重な戦争遺跡を多くの人に見学してもらおうと、展示場として整備した。

 同飛行場に詳しい高砂市の戦史研究家上谷昭夫さん(72)によると、同飛行場跡には防空壕や滑走路、弾薬庫など約60の遺跡が残るが、中でも入り組んだ構造の防空壕が確認されたのは初めて。

 防空壕はコンクリート造りで、夏も涼しい。2部屋あり、東部屋が縦3・7メートル、横4・7メートル、西部屋は縦3・7メートル、横3・1メートル。両部屋とも天井はドーム状で、高さは最大約3メートル。壁は厚さ約1・5メートルの部分もあり、頑丈に造られている。

 部屋と地上を結ぶ通路は2カ所にあり、それぞれ全長約10メートル。外から爆風が入り込んでも部屋まで届かないよう、各通路には曲がり角が3カ所ある。

 この防空壕は、周囲に地上指揮所や、戦闘機を収納する格納庫があった状況から、空襲時に退避できる地下指揮所だったと推測できるという。

 戦後、この防空壕を含む用地は払い下げられ、現在は民家の敷地内にある。住民らによると、防空壕にはこれまで雨水が流れ込み、水深は約1・5メートルに達していたため、足を踏み入れることはなかった。

 戦後66年を迎える今年、地元老人会が防空壕を平和学習に活用し、地域の活性化にもつなげようと発案。7月下旬、消防団の協力を得て、たまった水を抜き清掃。排水設備も整えた。

 防空壕内では戦闘機の模型や現物のタイヤ、写真などを展示、戦争関連映像も見られるようにした。老人会の尾花幸雄さん(66)は「とても立派な防空壕で驚いた。たくさんの人に見てほしい」と話している。

 入場無料。見学希望者は事前に尾花さんTEL090・1023・2389へ。

(藤村有希子)


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