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近現代史綜合スレ

116片言丸 ◆MACDJ2.EXE:2006/08/21(月) 08:11:39
>>115
そういえば、下のニュースが最近ありましたね。GHQは戦前からの日本軍の人的蓄積を反共陣営強化のために使おうとしたんでしょうね。その代わりに、処罰や断絶は不徹底になったと。
日本の戦争総括・戦後体制は国際情勢次第でいかようにも変わりえたのでしょう。

GHQ資金で反共工作 旧軍幹部の「河辺機関」
http://kumanichi.com/news/kyodo/index.cfm?id=20060812000208&cid=main

 【ワシントン12日共同】太平洋戦争後に日本を統治した連合国軍総司令部(GHQ)が河辺虎四郎元陸軍中将(元参謀次長)=故人、以下同=ら旧軍幹部を中心に編成した反共工作組織「河辺機関」が、GHQの資金提供で日本国内の情報収集のほか旧ソ連と北朝鮮への工作員潜入を計画していたことが12日、機密指定を解除された米公文書で判明した。秘密工作は「タケマツ作戦」と名付けられていた。

 「河辺機関」の存在は関係者の証言などで伝えられていたが、計画の詳細が米公文書で初めて確認された。河辺氏はじめ機関の主要メンバーは戦犯訴追を免れており、文書は冷戦に直面した米国が旧軍幹部の訴追よりも反共工作を優先させた軌跡を物語っている。

「河辺機関」に関する米公文書の要旨 
http://www.topics.or.jp/Gnews/news.php?id=CN2006081201003480&gid=G15

 【ワシントン12日共同】「河辺機関」に関する米公文書の要旨は次の通り。

 ▽1949年5月20日付メモ1(秘密、発信者、受信者はなお機密扱い)

 一、「タケマツ」は連合国軍総司令部(GHQ)の参謀二部(G2)が進める秘密情報作戦のコード名。国内の情報活動(マツ)と国外での情報活動(タケ)からなる。

 一、活動全体がG2の資金で賄われる。

 一、タケマツ作戦の中心人物は河辺虎四郎、有末精三、辰巳栄一各元中将ら。米側の作戦指揮者はウィロビー少将、レイシー大佐ら。

 一、48年9月25日にレイシー、河辺、辰巳らが会談。河辺は活動経費8万7000円を要求。

 一、48年10月9日にレイシー、河辺らが会談。第1回の支払いとして3万7000円を河辺に支給。

 ▽49年5月20日付メモ2(同)

 一、48年11月20日、レイシー、河辺、有末らが会談。

 一、河辺がレイシーに南日本でのタケ作戦の概要を説明。

 第1段階 (山口県)防府を拠点に工作員を南朝鮮(現在の韓国)へ派遣、38度線を越え、北朝鮮と満州(現在の中国東北部)の情報を伝える。防府のビジネスマンの貿易ルートを利用。

 第2段階 対馬への情報拠点設置が可能。南朝鮮からの密貿易に使われており、日本人工作員の南朝鮮潜入に利用。ソ連船の情報獲得のため対馬の漁民を工作員に雇うことも可能。

 第3段階 米の無線機を使用。中国、朝鮮、ロシア語の放送を傍受。

 一、レイシーは必要な機材を用意すると約束。

 一、河辺は南日本での半年間の経費として390万5000円を提示。

 一、河辺は北日本でのタケ作戦の概要を説明。

 (1)北日本での作戦は49年4月に開始。本部を北海道・美唄に、支部を札幌、函館、礼文島に。

 (2)樺太(現在のサハリン)在住の信頼できる日本人に接触。(樺太や千島からの)帰還者を工作員にして送り返す。万年筆や時計の密輸ルートをソ連領内に開拓。意図的に船を難破させ船員をソ連領内に送る。周辺海域を高速艇で監視。無線傍受を実施。

 一、河辺は北日本での半年間の経費として596万2000円を提示。

 ▽49年5月20日付メモ3(同)

 一、48年12月3日にレイシーが河辺らと会談、ウィロビーが北日本の作戦に集中することを求めていると説明。ただ朝鮮への潜入も了承。

 ▽53年1月16日付の情報報告(秘密)

 一、G2が52年12月、河辺に次年度には関連予算が計上されないと通知。河辺は突然の決定に憤慨、機関の活動を公にする意向。

 一、河辺は機関解体を見越し、G2の決定前に、15人を保安隊に入隊させていた。

 ▽有末元中将の個人情報データ(59年9月15日付、秘密)

 一、48年末ごろ、ウィロビーが河辺機関として知られることになる情報組織創設を要請。下村定、河辺らが参加。


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