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農業総合スレ

1715とはずがたり:2015/09/08(火) 17:03:26
>国の緊急雇用対策として募集していた6カ月間限定の森林組合での仕事
こんな場当たり的っぽい事業でもきっかけにはなるんですなぁ。

>石原慎太郎都政の花粉対策事業が本格化。花粉を大量に噴出する杉を伐採し、花粉の出ない広葉樹などへの植え替えの仕事が増えてきた。林業の活性化のために都は、入札案件を細分化して門戸を広げたため、次第に仕事がとれるようになった。

>これまでは間伐がほとんどだったが、それに植栽や下刈りも加わる。これで、春から夏にかけても仕事が見込めるようになった。

>檜原村が、街道沿いの杉並木を広葉樹に植え替え、日光が通りやすくする事業をスタートし、それを同社が受託

【話題の企業】若い力で林業にイノベーションを起こす 東京チェンソーズ
http://news.goo.ne.jp/article/senkei/bizskills/senkei-20150302-02.html
03月09日 13:00戦略経営者

 東京チェンソーズの社屋は、東京・檜原村の築400年という古民家。笑顔で迎えてくれた青木亮輔氏は、爽やかな青年社長である。

 13年前、国の就業支援に応募し、6カ月の期間雇用という形で東京・檜原村の森林組合で働きはじめた青木氏。東京農業大学林業科を卒業したものの就職氷河期で、とりあえず出版社につとめたが、仕事は電話での英語教材の売り込み。隣の年配の女性がどんどん実績を上げていくなか、自らの適性のなさをかみしめながら退職を余儀なくされる。

 「卒業して1年は大学に残り、1年は会社勤め。みんなと比べてスタートが遅れてしまったと感じました。それならば、専門を生かして何かできないかと……」

 周知の通り、日本の林業は輸入木材に押され続けてきた上に、高齢化が激しく、斜陽産業の代表格である。しかし、だからこそ、競合が少なく、やり方次第では「挽回できる」と青木社長は考えた。

 ところが、実際、林業に関する雇用を探してもほぼ皆無。国の緊急雇用対策として募集していた6カ月間限定の森林組合での仕事を見つけるのがやっとだった。そもそも、青木社長は、大学時代は探検部に在籍し、海外の洞窟や山を渡り歩いた猛者。「とりあえず働いて、周りの人に自分の自然への情熱を伝えれば後はなんとかなるだろう」とおおらかに考えていた。その情熱が伝わったのか、期間終了時に組合長に頼み込むと、意外にも「あと半年やってみろ」との返事。この半年間で、測量やクレーン、フォークリフトの扱い方などを覚える。しかし、当然ながら半年後にリミットがやってきた。ところがここでも幸運に恵まれる。たまたま一人欠員が出て代わりに作業班にはめ込んでもらえたのだ。24歳の時だった。

 「当初は同僚といっても50代以上の方ばかりでした。が、次第に若い人も入ってくるようになって、日給月給でバイト扱いではまともに結婚もできない。というわけで、組合に待遇を何とかしてもらえないかと折衝しました」

 そうこうするうちに、檜原村も含め都内の6森林組合が広域合併。東京都森林組合となり、効率化のために現場を外注化する案が出た。渡りに船とはこのこと。青木社長は、この案に飛びついて交渉、結局は組合側を押し切ってしまった。

 4名でスタートし、業務は森林組合の100%下請け。間伐や下刈りがほとんどである。青木社長はまず、月給制にして社会保険をつけた。さらに効率化を最大の課題とし、作業のビデオを撮影して、無駄な部分を見つけ出すなどの努力の結果、「量」をこなせるようになった。

 「間伐の際には、土壌の流出を防ぐため、伐採した木は斜面に対して横に倒さなければいけません。これが意外に難しく、ここにも独自の工夫をこらしました」


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