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選挙・議員関連情報スレ
1415
:
とはずがたり
:2003/11/13(木) 18:45
http://www.asahi.com/politics/update/1113/005.html
社民・土井党首が辞任、民主との合併論浮上の可能性も
社民党の土井たか子党首は13日午後、党本部で記者会見し、総選挙での大敗の責任をとって、党首を辞任することを表明した。同日午前の党三役会、常任幹事会で辞意を表明し、了承された。党内には土井氏の続投を求める声もあったが、党再建に向けて体制刷新が必要と判断した。土井氏に代わる「党の顔」選びは難航すると見られ、民主党との合併論や解党論が浮上する可能性もある。
土井氏は記者会見で「選挙は誠に厳しい結果で、党再生に全力をあげて立ち上がらなければならない結果だ。敗北の責任を負っているのは党全体の責任がある党首の私であり、党首を辞任することを決意した」と語った。今後については「平和憲法を守り、社会的に弱い立場の側に立って行動するために、社民党の一議員として頑張っていきたい」と強調した。
今回の総選挙で土井氏は「憲法を生かせるか、死なせるかを賭けた戦い」との言葉を繰り返し、徹底的に「護憲」を訴えた。だが、土井氏の元政策秘書らによる秘書給与詐取事件や北朝鮮による拉致問題への対応などが批判され、選挙前勢力の18議席から6議席に激減する惨敗を喫した。土井氏自身も比例区で復活当選したものの、小選挙区での議席を失った。
土井氏は69年総選挙で社会党から立候補し、初当選。86年に党委員長となり、89年の参院選では「反消費税」「マドンナブーム」で大勝。「山は動いた」の名文句を残した。また、93年に細川政権が誕生すると、憲政史上初の女性衆院議長に就任。96年の社民党分裂時に党首に返り咲いて以降、党の看板を一人で担ってきた。
「護憲」の象徴として、今なお人気も高い土井氏が、党の表舞台から去ることで、党の求心力が失われることは確実。後継の党首には福島瑞穂幹事長の名前も取りざたされているが、来年の参院選に向けて、民主党との合併を視野に入れた連携強化や、解党論が現実味を帯びる可能性もある。
◇
<山口二郎・北海道大教授(行政学)の話> 社民党の歴史的役割が終わったということだ。土井さんが委員長の時代、89年参院選で社会党が躍進したことが、90年代の政治流動化のきっかけになった。その功績は大きい。だが、最近は党勢が縮小する中で頑固に護憲だけを唱える思考停止状態に陥り、ポスト冷戦時代の大きな世界的流れの中で、憲法9条の精神を守るため具体的にどうするか、高齢社会にどんな税制で対応するのかといった建設的な提案を示せなかった。
◇
<ジャーナリストの田原総一朗さんの話> 残念のひとこと。ナショナリズムの傾向が強まっているいまの世の中で、護憲政党の社民党の存在は必要だと思う。しかし、土井さんあっての社民党。土井さんが辞任することで世代交代が進み、社民党が民主党に吸収される流れが強まるのではないか。 (11/13 13:27)
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