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難病・特定疾患と社会保障
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誰でも罹るかもしれない難病(難治性疾患)。
しかし、個々の患者数が少ないため社会的に認知されておらず、
いざ発症した場合には、就業や生活の保障も十分ではありません。
福祉の狭間にいるとも言える難病患者の立場を、当事者の一人と
して少しずつ考えていきたいと思います。
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私自身は、厚生労働省が克服研究事業の対象にしている難治性疾患・
123種類に含まれるメニエール病の患者で、発症して七年になります。
また両親はいずれも、膠原病(結合組織病)性の疾患を患っています。
更に叔父は脳の病気であるピック病の患者で、既に寝たきりの状態に
あります。
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難病患者がどう扱われるべきかについて、患者や介護者に優しい方向で
社会的合意が形成されればいいと願っています。
難病は、少なくとも認定されている期間中は、不治の病です。
子供の頃や若い頃に罹ったら、そのまま死ぬまで付き合うことを覚悟
させられる病気です。
しかし、難病それ自体では、「障害者」とも認定されないことが多い。
外見から症状の分かりにくい病気では、周囲からの理解も得られにくい。
雇用という点から見た場合、雇い主や共同作業者からすると、難病患者は
扱いにくい厄介な存在。
いつ悪化して入院したり休んだりするのか分からない人、無理をさせられ
ない人を雇うより、元気な人を雇った方が無難で便利に決まっています。
つまり、難病患者は、雇用の面でハンディキャップを背負うことになる。
けれども、そういう面に対する支援制度は聞いたことがありません。
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私は、自分の運動方針を定めるためにも、調べるべきことがまだたくさん
あります。
でも、それを横に置いてでも語れることは、自分の個人的経験です。
難病であろうとなかろうと、病気や怪我は重ければつらいものです。
患部が自分のすべてのように感じられて、苦痛に飲み込まれます。
或いは、自分が病気であるとも感知できない症状の場合も。
そして、原因が分からず、治療方針や回復の見通しが分からない病気が
一般に難病と言われ、そのこと自体が抑鬱の原因にもなります。
そして、私が思うに、人間というのは脆いもので、沢山ある器官の一つが
狂ったり壊れるだけで大変なことになります。
私の子供のころの持病に、気管支喘息がありましたが、息が思うように
できないと寝付くこともできず、必死に息をすることにすべての意識が
集中させられます。発作中はまともな活動は不可能です。
今の持病であるメニエール病も、一言で言えば内耳の病気。そして、
痛いとか痒いとかいうのではありません。主な症状は、めまいと
難聴と耳鳴り。
それだけ聞くと、どれだけ辛いのか分からない病気です。
しかし、平衡感覚と聴覚が狂うことは、酷い時にはあらゆる活動を
停止させるのです。
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メニエール病は、内耳の病気。
直接狂うのは、平衡感覚と聴覚だけですが、しかし、激しい発作の時には
身動き取れず、苦痛に耐えるのに精いっぱいになる病気です。
まず、平衡感覚の情報が狂うことにより、視点を思うように定めておれず、
目玉が勝手に動き回ります。これを眼振(がんしん)と言います。
目を開けると、世界がグルグル動いて、前後左右も分からない状態です。
もちろん、文字を読んだり図を見たりすることは不可能です。
ということで、視覚が思いきり制限されます。
更に、そういう状態ですから、自分で姿勢を保っていることはできません。
ゆったりした所に凭れるか、完全に横になるかした上で、周りの状況や
自分との方向関係が掴みにくいこともあって、身動き取れなくなります。
まっすぐ歩くなんてもってのほかです。這うように少しずつ動くのも
大変な状態です。
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第三に、きつい乗り物酔いの状況を考えてみてください。
消化器系にもすぐ影響がきます。まず吐き気・嘔吐。そして下痢。
激しい発作の時には、体をほんの少し動かすだけで吐いてしまいます。
発作が十分治まるまで、食事も喉を通らず、薬も吐き戻してしまう。
そういう発作です。
第四に、自律神経のほうもパニックになりがちです。
十分安静にできる状況になるまでは、悪寒がして発汗があったり、
手足に軽いしびれを感じることもあります。
第五に、主症状は簡単には治まらないのです。
発作自体、何時間とかいう単位が普通で、短くとも数十分。
十数時間とか、二十時間以上ということもあります。
そして、発作時以外にも難聴や耳鳴りが残ります。軽い目の振動が
四六時中止むことなく続く場合もあります。
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そういう発作が起こるのは、時間や状況が決まっていません。
朝目が覚めたら世界がグルグル回っているなんてこともあります。
そうすると、発作の治まっている時でも、例えば自動車の運転とか、
何か危険を伴う機械を操作するのは憚られます。症状が十分安定しているか、
ごく短時間で済む場合でないと、安心できません。
歩きで外出するのでさえ、発作の時に逃げ込む場所やお手洗いがあるか
どうか、間違って事故に遭わないかどうか、怖くなることもあります。
例えば山歩きとかしていて、急に発作になったらどうするか。
命の危険も感じます。
つまり、発作がいつ起こるか分からない以上、起こった場合を想定する
ので、それだけで随分行動が制限されます。
それに加えて、発作が起こらないように、睡眠のリズムを規則正しく
するとか、塩分の制限など、いろいろと気を使い、行動に様々な縛りが
かかるのです。
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そして外見上からは、メニエール病であるかどうかは一切分かりません。
その上、症状が穏やかになって活動している時は、十分元気そうに見えます
から、その時だけ見ている人には、元気だろうとしか思われません。
つまり、松葉杖とか車椅子といった装具は何一つなく、包帯も巻いていず、
赤ん坊や幼児を連れていない、お腹も大きくない、年寄りにも見えない人を、
普通は労わる対象とは思わないし、そういうものなのです。
たとえ(さほど重くない)発作中で、電車内で苦しんで座っていても、
知らない人には病気とは分からないでしょう。
難病というのは、そういう場合が往々にしてあります。
仮に説明をする場面になった場合も、三大疾病の一つとしてよく知られた
癌などと違って、病名を言っても、それを知らない人の方が多いのです。
病状を理解してもらうためには、一から説明する必要があります。
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