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難病・特定疾患と社会保障

1近藤 貴夫:2009/01/04(日) 17:13:11
誰でも罹るかもしれない難病(難治性疾患)。
しかし、個々の患者数が少ないため社会的に認知されておらず、
いざ発症した場合には、就業や生活の保障も十分ではありません。

福祉の狭間にいるとも言える難病患者の立場を、当事者の一人と
して少しずつ考えていきたいと思います。

2近藤 貴夫:2009/01/04(日) 17:52:04
私自身は、厚生労働省が克服研究事業の対象にしている難治性疾患・
123種類に含まれるメニエール病の患者で、発症して七年になります。

また両親はいずれも、膠原病(結合組織病)性の疾患を患っています。

更に叔父は脳の病気であるピック病の患者で、既に寝たきりの状態に
あります。

3近藤 貴夫:2009/01/04(日) 23:06:33
難病患者がどう扱われるべきかについて、患者や介護者に優しい方向で
社会的合意が形成されればいいと願っています。

難病は、少なくとも認定されている期間中は、不治の病です。
子供の頃や若い頃に罹ったら、そのまま死ぬまで付き合うことを覚悟
させられる病気です。
しかし、難病それ自体では、「障害者」とも認定されないことが多い。
外見から症状の分かりにくい病気では、周囲からの理解も得られにくい。

雇用という点から見た場合、雇い主や共同作業者からすると、難病患者は
扱いにくい厄介な存在。
いつ悪化して入院したり休んだりするのか分からない人、無理をさせられ
ない人を雇うより、元気な人を雇った方が無難で便利に決まっています。
つまり、難病患者は、雇用の面でハンディキャップを背負うことになる。
けれども、そういう面に対する支援制度は聞いたことがありません。

4近藤 貴夫:2009/01/04(日) 23:26:20
私は、自分の運動方針を定めるためにも、調べるべきことがまだたくさん
あります。
でも、それを横に置いてでも語れることは、自分の個人的経験です。

難病であろうとなかろうと、病気や怪我は重ければつらいものです。
患部が自分のすべてのように感じられて、苦痛に飲み込まれます。
或いは、自分が病気であるとも感知できない症状の場合も。
そして、原因が分からず、治療方針や回復の見通しが分からない病気が
一般に難病と言われ、そのこと自体が抑鬱の原因にもなります。

そして、私が思うに、人間というのは脆いもので、沢山ある器官の一つが
狂ったり壊れるだけで大変なことになります。

私の子供のころの持病に、気管支喘息がありましたが、息が思うように
できないと寝付くこともできず、必死に息をすることにすべての意識が
集中させられます。発作中はまともな活動は不可能です。

今の持病であるメニエール病も、一言で言えば内耳の病気。そして、
痛いとか痒いとかいうのではありません。主な症状は、めまいと
難聴と耳鳴り。
それだけ聞くと、どれだけ辛いのか分からない病気です。
しかし、平衡感覚と聴覚が狂うことは、酷い時にはあらゆる活動を
停止させるのです。

5近藤 貴夫:2009/01/04(日) 23:37:09
メニエール病は、内耳の病気。
直接狂うのは、平衡感覚と聴覚だけですが、しかし、激しい発作の時には
身動き取れず、苦痛に耐えるのに精いっぱいになる病気です。

まず、平衡感覚の情報が狂うことにより、視点を思うように定めておれず、
目玉が勝手に動き回ります。これを眼振(がんしん)と言います。
目を開けると、世界がグルグル動いて、前後左右も分からない状態です。
もちろん、文字を読んだり図を見たりすることは不可能です。
ということで、視覚が思いきり制限されます。

更に、そういう状態ですから、自分で姿勢を保っていることはできません。
ゆったりした所に凭れるか、完全に横になるかした上で、周りの状況や
自分との方向関係が掴みにくいこともあって、身動き取れなくなります。
まっすぐ歩くなんてもってのほかです。這うように少しずつ動くのも
大変な状態です。




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