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殺人の是非について

65名無し@カモメと草さん ◆tQ7/m6ALCY:2023/01/28(土) 01:37:32
>>64
>言わんとすることは分かるんだけど、それって「自由」じゃなく「能力」では?
>人は誰でも隣人を殺す能力はあるよね。事実として
>自由或いは権利があるかどうかは微妙だよね。能力は現実だが自由や権利は人の脳内でしか感じられない概念だから

まず一つ言っておくと自由という言葉の意味は脳内の概念としての意味だけではない^^w
だから俺は物理的自由とか能力的自由とか言って
そういう各個人の脳内に概念としてしか存在しない善悪倫理や法を背景にした概念的自由とは区別してきただろ?^^w

俺は言葉について辞書に書かれている以外の用法についても否定的ではないが
辞書の定義を元に解釈するにしても例えばこの「自由 辞書」って検索でトップに出てくるgoo辞書には
ttps://dictionary.goo.ne.jp/word/%E8%87%AA%E7%94%B1/

「1 自分の意のままに振る舞うことができること。また、そのさま。」と書いてあり、
勿論、1以降の狭義の意味や他の辞書において法的な意味や精神的な意味での自由というのもあり得るが、どこにもそれらは脳内概念としての意味だけに限定されると書かれてるわけじゃないんだよね^^w
意のままに振る舞うって書いてあるけど、振る舞いや振る舞うってのは現実の行いのことで脳内でやることじゃないよな^^w
つまり殺そうと思った時に、その意のままに殺すという振る舞いが現実にできる。これを自由といった所で自由という日本語の名詞用法として文法的にも問題はないと思うわけだ^^w

あとは他にも辞書を引けば大体どれも4つくらい狭義の意味に分かれていて
自由の意味が一つしか書かれてないって事は中々無いんだよね^^w だから俺はそれら複数の意味を区別するために物理的能力的自由とか言ってるわけであって^^w

さらに感情自己責任論や虐め体罰各論などにおいても、
個人が持つ能力や選択肢から「自由に」行動を選択できるという前提の中から特定の行動を選んだ事を根拠に、その行動の原因はそれを選んだ本人にあるという論法で原因を追求していくので
そういう意味でも自由という言葉の解釈は物理的能力的な意味においても非常に重要であったりするんだよな^^w

まぁかと言って3Pの言う各個人の脳内にある概念としての自由、不自由は自由、不自由とは言わないとは俺は言わないぜ^^w 
それらは辞書でもあった複数ある狭義の中の一つではあるが
俺からしたら物理的能力的な意味での自由と違って意見の違うものと共有するには客観性が足りないと言えるわな^^w 
脳内にしか無いだけあって主観的すぎる^^w 俺は殺しは自由だと思う、もしくは思わない。という感想レベル^^w
だから俺はその主観的すぎる事を共有は無理なので3Pが納得するならそれでいいんじゃね?って思ってるわけよ^^w

どうしても全員で一つの答えを共有したいなら、人の数ほど答えが創造できるがゆえに「殺人が自由かどうか概念上の意味では分からない」とするか
俺のように物理的能力的自由の認識に徹するかのどちらかか両方かな気がするけどな^^w
実際、意見の違うであろう俺と3Pの間でも「殺人ができる」という能力的自由があるという所まではどうやら合意できてるみたいだしさ^^w


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