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殺人の是非について

33名無し@カモメと草さん ◆tQ7/m6ALCY:2023/01/11(水) 18:51:20
まず人を殺してはいけないという理由に関わらずあらゆる理由というのはいわゆる概念であって物理的に存在しないという意味では無いと言えるが
概念上では人の数ほど創造し得るため、創造された理由は概念上にあると言える^^w
ただその性質上、人の数ほど理由が創造できるので唯一正しいというものが決まらない^^w

一言で概念上と言っても善悪倫理や法律など、そのやってはいけないとされる理由は様々だが
それらは概念でしか無いので「人を殺してはいけない理由」という概念がいきなり物質化して我々の体を拘束し、本来持っていた人を殺せる能力を奪い、殺せなくなるわけではない^^w

だから殺人に限らず、いくら〜してはいけないと言った所でそれらは単なる概念や空気振動に過ぎずなんら我々の人を殺せる物理的能力や自由意志での選択、実行行為に影響しない^^w
しかしそれを理解できないものは、その理由とやらが善悪倫理からくるものか法律からくるものがは知らんが、まるで自分が人を殺せないかのように錯覚しえる^^w
また法律的な意味から考えれば、「やってはいけない」ではなく、やること自体は依然として自由だが、違法行為にはそれ相応のペナルティーがかかると解釈することもできる^^w

義務もタブーも責任も人権すらも全ては概念であり、ただの概念が物理世界で盾や防弾チョッキのように具現化し迫り来る刃や銃弾から守ってくれるわけではないし、殺人犯の体を物理的に拘束してくれるものではない^^w
そう見えたとしても、それは各人がその殺せない理由とやらの固定観念で自らの思考をコントロールした結果、自分で殺さないという選択をしているだけである^^w

あと不幸というのを感情という意味で言っているなら、他人の感情をコントロールしているのは他人でしか無いので
他人を不幸にするからとかいうのを殺していけない理由にするのは感情自己責任論的には適切ではない^^w
さらに例えば、自分の感情をコントロールできず、その原因を他人という存在だと考え殺すというのが
手段として稚拙で未熟で根本的な問題解決にならない。という所までは感情自己責任論を理解することで合意できたとしても
その稚拙で未熟で問題解決にならないことはしてはいけないのか?という部分に関してはまた別の問題として意見が分かれるところだと思う^^w


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