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鷹目遊里史板
88
:
黄線
:2006/09/07(木) 15:50:59
木江のチョロ
鷹目様と皆様、初めて書き込みさせていただきます。
ナカムラ様
瀬戸内の遊女の風、チョロについて某本より引用いたします。
木江では遊女をおく置屋があり、チョロはその楼主の所属の場合もあり、チョロをのみ持っている人もあった。置屋にチョロを持っているものの場合、チョロ押しは、おかにいる時は、船を洗ったり、水をくんだり、風呂を焚いたりし、それがすむと、寝ている。夕方になると女たちをのせて沖へ出て行く。沖からは霧笛を吹く。その吹き方によって何楼の誰をよんでいるかが判る。(某本より)
広島木ノ江名物のチョロですが、もとは瀬戸内の各港にあり、制度は港々で多少違ったそうです。大崎上島のある古い港では、今は勿論考えられないことですが、時には良家の子女も加わることがあったそうです。娘が嫁に行って恥をかくことがあってはならぬと、一通りのことを覚えさせるために、そういうことをさせた親も時にいた時代もあったそうです。相手をした船乗りもなじんだ女が豪家へ嫁に行ったと聞くと、いつまでも懐かしがったそうです。なんだかホノボノとするエピソードですが、さらにに引用しておきます。
周防では上関に一番いい女郎がいたそうで、そこの女たちは、声の修行のために、チョロで沖の方へ出かけ、師走の時雨空の下で、カン(寒)の声をとるとて長襦袢一枚に三味線をかかえて唄ったものだという。チョロオシにはなかなかの権力があって、声が出ねば鞭打ったものだときいた。毎日毎日寒い日を出て行くので、喉はさけて血を吐くことも多かったという。そうして一人前になったとか。遊女の話には、こうした痛ましいものが多いい。(某本より)
海の交易が活発な時代、交易船だけでなく時には海賊たちも、相手にしたかもしれない、瀬戸内ならでは独特の遊郭巡りの旅が、好天といい湯に恵まれるといいですね。
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