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鷹目遊里史板

87夕凪:2006/09/07(木) 01:11:01
おちょろ舟
 夕やみ迫るころ、港の両岸の突堤に赤旗が高く掲げられると、
ラッパの合図と共に数十隻の屋形式のおちょろ舟がいっせいに
沖合いの泊まり船をめがけて漕ぎ出し、先陣争いをした。

 船に着くや女は猿(マシラ)のように身軽く船によじ登り、
船人と直接交渉のあげく一夜妻となる。
そして翌朝、迎えのおちょろ舟に乗り、別れを惜しむ。

 船内での遊興が別段航海に支障がないこと、
或はともすれば荒みがちな船員の心に人間味を取戻させる
ということで人気を呼んだ。(中略)

 一隻のおちょろ舟に平均五、六人の遊女が乗り合わせ、
ちょろ押しと称する船員くずれの男によって操船される。
遊女たちの置屋は普通の人家とかわらず点々と散在していたものである。

                   某本ヨリノ孫引キデス

 被免許地廓接岸の船舶に出稼ぎは構わないが、
二十四時間を越えてはならないとの規定があったそうです。

 既に江戸末期、大崎下島・御手洗等からの遠征おちょろ群と
尾道妓楼衆との間でもめごとが絶えなかったそうな。
 ※おちょろはオジョロ(女郎)の転訛だそうです。

 ○比較的入手しやすいモノとしては
  加太こうじ編『色街−日本の名随筆 別巻?』(1992年、作品社)に
  井伏鱒二の「消えたオチヨロ船」と言う一文が興味深いかと思います。


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