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鷹目遊里史板
830
:
夕凪
:2018/07/20(金) 11:36:02
【 京口新地 】 真実の “ 大正樓 ” は 何処に !? 【 阿部 定 】 ?
徒然なるままにインターネットで遊んでいると、
たまに驚くような情報に出会います。
今回がまさにそれでした。なんと
“ 大正楼の宿屋兼特殊飲食店の営業許可証 ”に
巡り会ってしまったのです(赤い糸?)。
ttps://aucview.aucfan.com/yahoo/b158731794/
この許可証には 大正楼の住所が“ ▲77−4 ”と記載されています。
この住所をgoogleマップで検索すると、乃木ビンゴ!
京口新地の一角に赤い「ピン」が立ちました。
でも残念ながら、その場所は大正楼跡とされる地点ではありません。
大正楼跡とされる場所の対面(トイメン)の一画を指し示しました。
※大正楼跡とされる場所の住所は“ ▲79−26 ”でした。
篠山市役所にお聞きしたところ以下の事が分かりました。
?現在も篠山市には住居表示の制度がなく“ 地番 ”のみを使用している。
?1930年に旧篠山町が八上村等と合併し新篠山町となった時も、
旧住所以下の番地は、そのまま旧来の番地を引き継いだ。
以上の事より、現在、大正楼跡とされる場所にあるアノ建物は、
1946年大正楼に特殊飲食店としての営業許可が下りた
“ 大正楼 ”の建物では無い事になります。
(参考)
※京口新地の指定区域は“ ▲76〜▲79 ”です。
※ちなみに阿部定さんは1931年頃6か月間ほど大正楼にいたそうです。
はたして真実の“大正樓”は何処にあったのでしょうか?
また現在のアノ大正楼とされる建物は一体何なのでしょうか?
※正直、アノ大正楼とされる建物が何かについては分かりませんでした。
もっとも、ネット上では大正楼分店との情報があります。
中途半端な書き込みで不完全燃焼の思いをされた方もいらっしゃるかと
思いますが御容赦ください・・・・
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