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鷹目遊里史板

815彷徨人:2015/11/04(水) 23:13:26
阿下喜について
 勝手に横入りしてすみません。阿下喜は,平成23年9月に訪れました。夕凪さんからいただいた資料では,赤線が1軒だけ載っていました。以下,当日の記録を簡単に書きます。
 まず,図書館で郷土資料を探しました。手がかりは全くありませんでした。ただ,明治の
22年頃「料理クラブ」なるものができ,芸者をあげて飲んだり食ったりしていたという記述はありました。
 本町,西町,栄町と歩きますが,面影は感じられません。そんな中,「新角屋」というまんじゅう屋へ入って話を聞きました。そのおばちゃんの話によると,明治から大正の時代には,歓楽街は西町の方にあった。その後,赤線の時代には「川原屋」という店が,まんじゅう屋のすぐ北隣にあったという。その「川原屋」があったという場所には,それほど古くはない八百屋をやっていたであろう家が建っていました。
 もう1軒,本屋さんにも入って聞きました。ここのおばちゃんは,昭和14年生まれで,昭和30年頃は高校生だったと言う。川原屋について聞こうとしますが,「そんな名前だったかな?」と忘れているようです。でも,「飲み屋だったから……」と話すのを聞き,やはり,ここに元赤線の「川原屋」は確かにあったのだ,ということが分かりました。
 ちなみにまんじゅう屋のおばちゃんと本屋のおばちゃんとは,知り合いであり,二人とも阿下喜にお嫁に来たということでした。以上です。


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