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鷹目遊里史板

812夕凪:2015/10/02(金) 10:46:31
従是女人結界
彷徨人さんお久しぶりです。

手許にあった『奈良・大峰山「女人禁制」の解禁をめぐって』(2002年)と言う
冊子に下記の記述がありましたのでご紹介させて頂きます。

●資料5.「 大峰信仰を支えた『遊郭』」

 大峰山と洞川の近代史は、大きな時代のうねりの中にあった、
 それとともに、実は、男たちの大峰信仰には、もう一つの姿があった。
 それは、龍泉寺の近くに7、8軒の「遊郭」があったことである。
「遊郭」の存在についても『ある聞き書き』で聞いたAさんやBさん、
 さらにCさんの主張とは違う意味で、その歴史的事実を明らかにして
 記録として残しておきたいと思う。

「遊郭」がにぎわっていた時代には、大峰山に登るのが目的ではなく、
 大峰山にかこつけて洞川の「遊郭」で遊ぶのが目的であったという人も多くいたという。
 彼らの中では「精進おとし」「筆おろし」「垢おとし」といった符牒で語られ、
 堂々と行われていたのである。先の戦争までは、大峰山よりも、
 洞川の「遊郭」のほうが知られていたのである。


また『 洞川全景 』(発行年不明)という刷り物には、
龍泉寺門前の川に架かっている橋を渡った、大峰山に向かう道沿いに
12軒の旅館が記されています。
その中には現在も営業されている旅館と、同じ屋号の店も見うけられます。
やはり料理旅館方式で、名目は“ 仲居 ”だったのではないでしょうか?

もちろん“ 女人禁制 ”は男性の修験者が女性性に惑わされること無く
修行するためのものであったのですが、そこはそれで“ 精進 ”した後には ・・・・

(参考)ttp://6402.teacup.com/takanome/bbs/979


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