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鷹目遊里史板

804夕凪:2014/11/20(木) 00:34:03
渡辺 寛
『全国女性街ガイド』の著者である渡辺寛(1913年生)氏は、ご存知の通り、
その著作『詫びる』(1935年5月)が第1回芥川賞予選の候補作になると言うプロレタリア作家としての
顔を持っています。

(参考)ttp://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/pkogun/pkogun1WH.htm

そこで、渡辺寛氏には他に作品がないのか、先のHPにある、渡辺寛氏が同人であったと言う
“ 日本浪曼派 ” をキーワードして調べてみたところ、
新田満夫編 『 日本浪曼派とはなにか 』(1972年、雄松堂書店)に
渡辺寛氏に関する記述がありましたので御紹介させて頂きます。

●渡辺寛氏は同書の中で既に物故者として扱われている。 ※詳細不明

 即ち、渡辺寛氏は1913年生まれであり、死亡は1972年以前と言う事にな
 りますので、氏は60歳より前にお亡くなりになった事になります。


●同誌に掲載されている雑誌『日本浪曼派』の目次によると、
 渡辺寛氏の著作が下記の通り掲載されていました。

  1.1935年6月号 第04号 郷臭 (小説)
  2.1935年8月号 第06号 退潮期の一挿話 (小説)
  3.1936年4月号 第13号 大島紀行 (小説)
  4.1936年9月号 第16号 水晶 (小説)
  5.1937年3月号 第21号 弁慶橋 (小説)

●プロレタリア文学と日本浪曼派の関係については相容れないようなメイージがあるのですが、
 同資料に緑川貢氏による下記の記述がありました。

  尚、ここで一筆しておきたいことは、少なくとも郡山弘史、渡辺寛、緑川貢の3人は、
 情勢におされて後退はしながらも、終始左翼の立場を捨てなかったことだ。


はたして渡辺寛氏は、その後どのような経歴を経て、『全国女性街ガイド』を執筆するようになったのでしょうか?


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