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鷹目遊里史板

756夕凪:2011/10/17(月) 02:18:02
尼崎のアオセン地帯
尼崎〜出屋敷ヤミ市地帯を構成する社会的要素として無視できないのは
アオセン*地帯(非公認の売春業者・地帯)であろう。

『尼崎の戦後史』によると、敗戦後市内に多数出没した接客婦(「パンパン」)について、
約150の業者がおり、1954年10月には中央警察署管内220業者、接客婦約1,000人とも
言われるほどに膨れ上がったという(348頁)。

Mさんによると、阪神尼崎駅から出屋敷駅にかけての地域では、
中央商店街より南、線路に沿った一画に、2階建てのこうした業者が集まっていたという。

市内のこうした業者は、昭和20年代末から、
売春防止法が制定・施行される30年代前半頃までに移転し、
新地で営業を再開するようであるが、

ヤミ市時代、こうしたアオセン地帯がこの周辺にどのような要素として存在していたのか、
客層や業者の性格などの事実を追いながら検討する必要があろう。

*ここでは当時の一般的な呼称であった「アオセン」を使用したが、
 尼崎のこの周辺をアオセンと呼ぶことはあまりなかったようである。
 Mさんによると、線路をはさんだ南側が寺町にあたるため
 「テラマチへ行く」などと表現することはあったという。


                    1996年発行の地域史研究雑誌より


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