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鷹目遊里史板
741
:
膳所裏
:2011/09/01(木) 19:01:05
串茶屋はいかにして廻しを取る様になったか その一
小松の串茶屋の遊女保存会が手作りで綴った“遊女を偲ぶ6”に、いかにして串茶屋がまわしを取るようになったかの経緯について書かれた興味深い文章があったので紹介させて頂きます。
小松のある石川県は金沢を中心に芸妓と娼妓の区別が曖昧であるという独特の廓文化を持った土地柄で、全国遊郭案内はこの辺りの雰囲気を主計町(かずえまち)を引き合いに出して次のような説明を試みています。
「(主計町は)貸座敷の許可地では無いが、さればとて検番制度でも無い。金沢百万石という偉大なる力が斯うした芸妓とも娼妓とも付かない一種変態的な物を生んだものと思われる。但し女は芸妓の鑑札を所持して居る。中には二枚(鑑札)の女も居る」・・・が、多少尋ねあぐんでいる様です。
他県の個々の遊郭に関しては、まわしの有る無しはお客にとって重大な関心であるはずなので、案内書としても出来るだけ触れているのですが、こと石川県の項では小木町に通し花制(=廻しをとらない)と有るのみで、大きく情報が欠如しています。
以上の独自性を理解して頂いた上、私なりに足したり引いたりして書いていきます・・・
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