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鷹目遊里史板

729鷹目:2011/08/05(金) 03:04:21
泉州楼
 南海電鉄沿線の遊里といえば、堺と貝塚が有名ですが、その間、岸和田にも遊里がありました。花街として繁栄し、昭和の後半には消滅いたしました。
 中心となった地区にはその痕跡が全く見えず、外周部にぽつりと小料理屋が残るのみです。花街があったということを知らなければ、なぜこんな場所にといぶかしむだけです。

 さて中心になった地区には痕跡は残っておりませんが、かなりはなれたところの小さな神社の玉垣に僅かに痕跡がありました。
 当時岸和田花街随一と呼ばれた料亭泉州楼。その銘が刻まれた玉垣が存在します。

 たまたま偶然見つけ、神社前の年配のご婦人に聞いてもなぜ神社にの玉垣があるのか経緯は判りませんでした。

 岸和田花街に関しては、岸和田在住の内田幸彦氏の著書での記述が比較的まとまったもので、あとは名称のみ本の少しの記事が『坂口祐三郎伝』等に見出せるのみです。

 こうして忘れられていった、忘れられそうになっている遊里、日本にはまだまだあるのでしょうね・・・。


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