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鷹目遊里史板
715
:
:2011/05/12(木) 16:37:57
清娯園
先月愛知県の半田、亀崎を訪れ亀崎の名旅館、望洲楼さんのご主人とお話することが出来ました。
この望洲楼は伊藤博文も宿泊した創業安政年間、東海屈指の名旅館で、今でも松川二郎が絶賛した八勝館さんや十州楼さんと親交があるようです。
後日私の知る限りの情報(といっても阪口祐三郎伝にある半田の花街に関する数行の記載)をお送りしたところ隔月発行の「はんだ郷土史だより」を送っていただきました。
記事の中で半田、亀崎の「女の夜ばい」「色どころ」について情報や感想を求めています。
遊里史板の趣旨から離れる部分もありますがもし望洲楼さんに関する記述を含み何か資料等ございましたら教えてください。
“半田、亀崎女の夜ばい”の俗謡がいつごろから流布し、またどうして全国区になったのか? 郷土史だよりでは?この地は船乗りが多く、女房が留守中忍んでいった。?半島独特の住宅構造で若者は親と別に寝起きしたのが交際を容易にした。?この地は見合いを“呼び合い"と言うが、それが揶揄され“夜這い”となった、等の説を紹介しています。
√伊勢じゃ松阪 尾張じゃ名古屋ョ 半田亀崎や 色どころエ 一度は行ってこい!
ソリャおもしろい
もう一つは平成の今でも大島町で歌われる“色どころ”に関してです。
半田町案内によれば昭和三年、半田では六千人の人口で芸妓60名、亀崎にはそれ以上の芸妓がいたそうです。(望洲楼にお抱え芸妓がいたのは大正までだそうです)
清娯園に関しては半田、亀崎ともご存知の方はいらっしゃいませんでしたが興味は示しておられました。
気長に待ちますのでもし何かの折でも見かけましたらこの“色どころ”についても教えてください。
名古屋ですから“呼び合い”が“よびゃ〜い”ときこえるのですかね?
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