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鷹目遊里史板

645膳所裏:2011/02/08(火) 16:09:13
岐阜 手力園と国際園
 先日、加藤政洋さんの“敗戦と赤線”に書かれている岐阜の手力園を訪れました。
 名鉄の手力(てじから)で下車、踏み切りを渡って10分ほどで定規で線を引いたような区画(手力14〜36番地)に出会いました。本書によれば大戦中、柳ヶ瀬を当局に渡す形で、金津園の業者が移った為、時局をにらんで一般住宅への転用も見込んだため所謂妓楼建築はしなかったという経緯があるようです。
 成程、遊廓跡と思える意匠は何もなく、それでも近所のひとに長屋と表現して教えて頂いた当時の建物が7〜8棟ありました。

 手力園は娼妓さんだけの街で芸者さんはいなかったようです。

 その後矢張り、同書に詳しい説明がある、同じような経緯で短い花をさかせた駅前の国際園を探したのですがまったく場所が分りませんでした。

 現在の高砂町とのことで1丁目から4丁目までくまなく探し、地元の人にも尋ねたのですが全く分りませんでした。

 ご存知の方いらっしゃったら情報お願いします。



 


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