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鷹目遊里史板

634夕凪:2011/02/02(水) 23:27:40
遊廓タイル貼りの嚆矢
● 国産タイル勃興の牽引力(大正初年〜大正12年)

 この頃の最大のお得意先に、銭湯や温泉の浴槽・流し場があった。
 それらは木造りが多かったが、衛生観念の発達による実利性と、
 美しい装飾性が買われ、タイルが大いに使われた。

 さらに、その後、思わぬタイルの大口需要が起こった。

 大阪府議会が「遊廓の便所と消毒場をタイル張りにすべし」と
 決議したのがきっかけで、東京・吉原、京都・島原、福岡・柳原の“新地三原”をはじめ、
 名古屋・中村、大阪・飛田・松島、金沢・石坂、長崎・丸山など、
 全国各地の遊廓へタイル販売外交員が殺到する。

 そして、各地の遊廓の便所と消毒場は、たちまち五寸角白タイルで覆われる。
 工事のついでに浴室、玄関口もと需要は急増した。

 この遊廓との結びつきは、第2次大戦後、遊廓が廃止になるまで続く。
 のちには、店の外観のすべてをタイルにする店も少なくなかった。


               1976年のタイル関係の資料より


 


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